経営組織論と『経営の技法』#237
CHAPTER 10.1.1:経験による学習 ①学習のサイクル
スポーツでも音楽でも仕事でも同じですが、実際に経験することは大きな学習の機会になります。しかし、同じような経験をしても、その学習の成果は人によって異なります。能力などその人に備わっている違いにもよりますが、多くは 図 10-1 に示すような経験による学習のサイクルがうまく回っているかどうかの違いとも考えることができます。経験学習のサイクルは、この図に見られるように「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」の順で行われます。
(図10-1)経験による学習と成長
【出展:『初めての経営学 経営組織論』222頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018)】
この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
ここでは、「到達点」ではなく「サイクル」として描かれているところがポイントです。
これがポイントと考えるのは、企業が継続的永続的に成長していかなければ、市場での競争の中で継続的永続的に利益を上げることができないことから、固定的な終着点を設けることができないこと、が1つ目の理由となります。
しかも、競争の優位性は固定的なものではなく、市場で評価されるポイントが状況に応じて変化していきますので、経験の吟味を繰り返すことで、目標を修正しながら変化に対応することが可能です。これが、2つ目の理由となります。
つまり、学習による成長を、企業活動のあり方に当てはめてアレンジすると、「サイクル」という考え方がピタリと嵌るのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
投資家である株主から経営者を見た場合、経営者にも、このような成長を期待したいところです。市場での競争に挑む責任者なので、市場の変化に合った競争力を、自分自身が率先して身につけなければならない筈です。
ところが、プロパー出身の社長の中には、社長になる競争を勝ち抜き、社長になることが最終目標であるような社長が、ときどき見かけられます。自分は、次世代の経営者候補たちにどんどん任せて、彼らの競争の中で時代に適合していけば良い、経営陣全体でこのサイクルが回れば、それで会社経営のレベルは自然と上がっていく、ということが、その場合の理由になるでしょう。
もし、実際にこのようなプロセスが機能し、時代遅れの社長が余計な影響力を行使しないのであれば、それはそれで1つのモデルになります。
けれども、権限や権力を有していると、どうしてもそれを使いたくなるのが人情です。また、影響力を行使しないと言っても、誰に何を任せるのか、等のマネジメントの仕方で、実際には大きな方向が示されてしまったり、新しいことが言いにくい雰囲気ができたりします。
やはり、会社組織を率いて競争を挑むリーダー自身が、市場の感覚とずれているわけにはいきませんので、経営者こそ、このようなサイクルで常に自己研鑽を積んで欲しいところです。
3.おわりに
このように、サイクルが回る場合の怖さは、従業員の側から見ると、会社に勤める限り永遠に期待値が上がっていき、ストレスをかけ続けられ、背伸び(ストレッチ)をさせ続けられ、一息つく機会もないまま疲弊し、場合によっては心身の健康を害してしまう危険を感じます。あるいは、たとえば短距離走で言えば、サイクルを回して徐々に目標が高められることで、100メートルを8秒台で走らなければならなくなるように、人間の限界を超えた能力が要求されるようになる危険です。
これに対する1つの回答は、サイクルを回すことによって変化する方向は、1直線ではなく、市場の変化によって変わっていくものであって、そこまで単純な問題ではない、ということもあるでしょう。また、いくつかの要素で能力を評価していき、評価要素も上手に見直していけば、懸念されるようなおかしな事態も避けられそうです。
とは言うものの、「サイクル」によるコントロールは、ストレスが過大になる危険が伴いますので、運用の際には注意が必要です。
※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。