労働判例を読む#472
【NECソリューションイノベータ(配転)事件】(大阪地判R3.11.29労判1277.55)
※ 司法試験考査委員(労働法)
この事案は、会社Yの大阪事務所閉鎖に伴い東京への配置転換を命じられたXがこれを拒んだために懲戒解雇された事案で、Xは、配転命令が違法であることを理由に懲戒解雇が無効である、などとして争いました。
裁判所は、Xの請求を否定しました。
1.判断枠組み
問題となった配転命令は、Yグループの経営状況の悪化に伴う事業の統合・整理に伴うものです。
裁判所は、配転命令の違法性の判断枠組みとして、「東亜ペイント事件」(最二小判S61.7.14労判477.6)の判断枠組みを採用しました。すなわち、①原則として配転命令は有効だが、②例外として無効となる場合として、❶業務上の必要性がない場合、❷不当な動機・目的でされた場合、❸従業員に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を負わせる場合を挙げ、これらへの該当性を検証しました。配転命令の有効性に関する一般的な判断枠組みが適用されていることが分かります。
けれども、本事案の配置転換は事業の統合・整理に伴うものであり、実際、Xの同僚の何名かは早期退職優遇制度を活用して退職しています。そこで、❶~❸の判断枠組みの中で事実が整理され、検討されているものの、その中身としては、整理解雇の4要素で重視されているような要素、例えば事業を閉鎖したり、Xを配置転換したりする必要性があったのか(人員整理の必要性に相当するでしょう)、X本人の意向を聞いたり、配転や退職の条件を説明したりする機会が、どこまで丁寧に行われたか(解雇回避努力義務や解雇手続きの妥当性に相当するでしょう)、などが詳細に検討しています。
このように見ると、❶~❸の判断枠組みは、典型的な配転命令だけでなく、本事案のようなリストラの一環としての配転命令の場合にも柔軟に応用されることが分かります。
2.事実認定
Xは従前から言動に問題があったようで、Yは非常に丁寧にXに説明を試みています。判決でも、関係する従業員への説明会が開催されたことだけでなく、X個人への説明を何度も試みています。判決で具体的な日付が示されている面談が5回、メールなどでのやり取りについて、「ア」~「ホ」の30回(1回につき、Y側からのメールだけの場合もあれば、Xとやり取りのあった場合もあるので、メールの通数ではなく、やり取りの機会の数、と理解できます)が認定され、さらに主な面談については、具体的なやり取りの様子が詳細に認定されています。
そこで特に印象的なのは、XがY側の呼びかけに応じようとせず、非常識な罵声を浴びせたり、メールを送ったりすることを繰り返していること(例えば、「分かり切ったことを何度も聞くな」、「配慮しろ」、「頼んだ覚えはない!自宅に来たら、警察呼ぶ!帰れバカ!と、お伝えくださいませ。」「Mから、何も聞いてないの?」「罪を重ねたければ、いくらでもどうぞ。」「そんなんじゃ、話にならんわ。」「Mに騙されてる?じゃなくて、確信犯?」「お前は役員失格だ」「仕事を探すのがお前らの仕事だろう」など)、それにもかかわらず、上記のようにY側は何度もXとの対話を試みており、丁寧な対応に終始していること、です。
これのようなXの言動には、裁判所も、「暴言ないし社会人としての礼節を欠いた不適切な表現を用いている」等と評価し、「原告の勤務態度には問題があり、事務処理能力や人事評価も低いものであったというほかない」と断じています。そのうえで、このような評価が、上記❶~❸の中で、さまざまな面でY側にとって有利な事情として判断に大きな影響を与えています。
例えば、❶に関し、Y側がXの人事配置について配慮しようにも、提案できる別の勤務先が限定されてしまう、❷に関し、Xを退職させようなどの目的・意図がなかった、❸に関し、Xの家族の健康問題について、Y側からの度重なる質問に満足に回答していなかったから、配転の際にY側が考慮すべきXの家族の健康問題も限定的である、などという形で、裁判所の判断に影響を与えているのです。
Xの悪質な言動に感情的にならず、冷静に対応を続けたことが、事実認定にどのような影響を与えたのか、参考になるポイントです。
3.実務上のポイント
かと言って判決は、Xの悪質な言動から、簡単にXの主張を退けているわけではなく、Xの主張を一つ一つ非常に丁寧に検討しています。
例えば、家族の健康問題とされる長男の自家中毒に関し、長男の症状について3名の医師、自家中毒について4名の医師の意見を聞いたうえで、大阪から東京に引っ越しても、東京で然るべき医師にサポートしてもらえば対応できる、として❸「通常甘受すべき程度」を超えない、と結論付けています。
悪質な言動に対して冷静に対応することの重要性は上記のとおりですが、それだけでなく、人事処分の有効性が争われる場合に問題となり得る問題点をしっかりと検討しておくことも、重要です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!