労働判例を読む#261
【高知県公立大学法人(第2)事件】高知地判R2.3.17労判1234.23
(2021.6.10初掲載)
YouTubeで3分解説!
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この事案は、5つの大学が共同で推進するプロジェクト(DNGLプロジェクト)の開発などのために、そのうちの1つの大学Yに有期契約者として雇われたシステムエンジニアXが、更新拒絶の無効と無期契約への転換を求めた事案です。裁判所は、Xの請求を概ね認めました。
1.更新の期待(労契法19条1号と2号)
近時の裁判例では、2号だけ検討して結論を出すものも見受けられ、1号と2号の違いは未だに明確ではありません。
けれども本事案で裁判所は、19条1号と2号のそれぞれについて詳細に検討し、1号は適用されないとしつつ、2号は適用されるとしました。
(有期労働契約の更新等)
第十九条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
このうち、1号の適用を否定したのは、Xの雇用がDNGLプロジェクト担当であり、正職員に登用されるなどしない限りプロジェクトの終了とともに仕事が無くなる点が大きな理由です。無期契約と同視できないのです。最近話題になっている「ジョブ型雇用」に該当するかもしれません。
これに対し、2号の適用を肯定したのは、更新拒絶がDNGLプロジェクトの山場は超えたものの、まだ終了していない時期だった点が大きな理由です。更新されることがXにとって合理的に期待される状況なのです。
このように、1号には該当しないが2号には該当する場合のあることが具体例で示されたことになります。こうすると、逆に2号には該当しないが1号には該当する場合があるのか気になるところです。このような場合があれば、1号と2号の適用関係がより明確になるからです。
ところが、更新の期待はないが無期契約と同視できる場合はなかなかイメージできません。無期契約と同視できるのであれば、長く働くことが合理的に期待されますから、更新の期待はあると評価されるでしょう。強いて言えば、同じ契約形態での契約更新は期待できないが、無期契約と同視できるような他の契約形態に移行できたはず、というような場合でしょうか。けれども、ここでの「同視」「期待」は、雇用期間の長さ以外の事情、すなわちここの例でいう「契約形態」も含まれることになるのでしょうか。
1号と2号の適用関係が今後どのように整理されていくのか、注目されます。
2.雇止めの相当性(労契法19条本文)
上記の条文にある「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当」の意味が問題になります。ここでは、「客観的」「合理的」「社会通念」「相当」という4つの概念が組み合わされていますが、だからと言ってその内容が具体的に分かり易くなったわけではありません。端的に言えば「合理性」ということになりますが、このような抽象的な概念への該当性を判断する際、裁判所は「判断枠組み」を持ち出して考慮すべき事情を整理し、判断内容を具体化・透明化します。
本事案では、DNGLプロジェクトの補助金の大幅な削減と、これに伴うYの経営環境の悪化が背景にあることから、整理解雇の有効性の判断枠組みとして確立している「整理解雇の4要素」に準じた判断枠組みが用いられています。すなわち、①人員削減の必要性、②雇止めの回避努力、③人選の合理性、④手続きの相当性です。
「判断枠組み」に関して、特に注目される3つのポイントを指摘します。
1つ目は、「判断枠組み」は事案に応じて柔軟に設定される点です。実際、整理解雇やそれに準じた場面で、整理解雇の4要素がベースになっているものの、3つの要素や5つの要素を判断枠組みとしている裁判例を、最近いくつか見かけています。本事案でも、明確に「判断枠組み」としては4つの要素が示されていますが、最後のあてはめの段階で労契法18条の無期転換の脱法行為かどうか、という要素も考慮しており、実質的には5つの要素で判断したと評価することも可能です。
2つ目は、この4つの要素全てが満たされないと結論が出ないのではなく、4つの要素はあくまでも議論を整理するためのツールにすぎない点です。
すなわち、もしこれが「判断枠組み」ではなく「要件」であるとすれば、①~④全てについてXに有利な事情として証明されなければXの解雇が無効とされないことになりえます。つまり、①~④全てについて会社側の合理性が否定されなければならないようにも見えます。
けれども本事案で裁判所は、いずれについても会社側の合理性を一定程度認めています。つまり、①人員削減の必要性については、財務状況などの客観的な資料から相当の理由があると評価しています。②雇止め回避努力についても、Yがそれなりに努力してきたと評価しています。③人選の合理性についても、DNLGプロジェクトが山を越えていたため、そのための専門的能力を有していたXを対象とすることにそれなりの合理性があったと評価しています。④手続きの相当性に至っては、試験を受ける必要性をXに伝え、更新を期待できないことを伝え、あっせん手続や組合との交渉を踏まえてきたことから、会社側の合理性を認めています(「雇止めを否定するだけの事情は認められない」としています)。Xから見た場合、①~③は一部についてだけ合理性を認め、④は合理性を否定しました。
このように、「判断枠組み」ではなく「要件」として見れば到底Xの請求を認めるわけにはいかない(YによるXの解雇を有効にせざるを得ない)状況となってしまいます。しかし裁判所は、この①~④を総合判断することとしました。これにより、例えば④のようにXの側から合理性が認められない事情があったとしても、他の事情によりXの側から合理性が説明できればXの主張が認められる可能性が残されたのです。
3つ目は、実質的に5つ目の判断枠組みとなる事情、すなわち無期転換の脱法行為の可能性が総合判断に当たって最後に決定的な役割を果たした点です。
上記①~④の状況を見ると、単純に見れば(一定程度の合理性が認められる部分を、その合理性の程度を考慮せずに引き分けと見れば)Xの側から見ると3分1敗となりますので、いくら総合判断であったとしてXに勝ち目はありません。ここで5つ目の事情である無期転換の脱法行為の可能性が、最後にX側の主張を認める決定的な事情となったのです。
このことで、Xの有期契約の更新が認められることになりました。
3.無期転換(労契法18条)
Xの有期契約の更新が認められたことにより、Xの雇用期間は5年を超えることになりました。
裁判所は、この点に関しては時間の経過などを淡々と認定し、難しい議論をせずにあっさりと無期転換を認めています。
これは、労契法18条が強行法規であり、客観的な事情でその適否が決定される性質であることから当然のことでしょうが、実質的な事情も指摘すれば、上記5つ目の事情となった無期転換の脱法行為の可能性が、大きな影響を与えていると考えられます。
すなわち、更新拒絶の合理性を認めたうえで無期転換を認めるのが本判決の論理構成ですが、無期転換の脱法行為であることを明確に認定できるのであれば、このような回りくどい論理構成を取る必要はありません。もし端的に、無期転換を避けようとしたこと自体を違法と評価できるのであれば、直ちに無期転換の成立を認めればよく、更新拒絶の合理性をわざわざ検証し、その後に無期転換を認める必要がないからです。
このように、無期転換の規定を淡々と機械的に適用したのは、無期転換の脱法行為の可能性が相当高く認められたことがその背景にあるように思われるのです。
4.実務上のポイント
この事案でXとYの対立が大きくなったのは、Xを引き抜きYとの調整を働いたBの言動によるところが大きいようです。
すなわち、Xを他社から引き抜く際にY側の窓口としてXを熱心に勧誘し、その就業条件等をY内部で調整したBは、裁判所から「慎重さを欠いていたことにより、11月14日の条件、2月19日の条件、4月11日の条件及び8月20日の条件と変遷していった」と認定され、これによりXとしては、退職を決断した後に「労働条件が、切り下げられているように映っても致し方ない」状況となって、XのYに対する信頼を破壊させていったのです。他方、Y内部にでもBの言動に問題があり、裁判所から、Bが労働契約締結までに時間のかかった理由を正確に述べなかったことから、Y内部のXに対する不信感を抱かせた趣旨の認定をしています。
Bのような人を管理すべきリーダーや管理職者が、場当たり的で一貫性が無く、自らの保身のために正しく情報を報告・共有しないことになれば、このように優秀な人材と会社との間に認識のずれを生じさせてしまい、大きなトラブルを引き起こすことになってしまうのです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!