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労働判例を読む#379

今日の労働判例
【ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件】(大阪地判R3.10.28労判1257.52)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、派遣会社Yに、1か月間の有期契約(3月2日~31日)で雇用されたXが、派遣先会社Kでの勤務を1ヶ月で更新されずに打ち切られたことから、Yとの有期契約も更新されなかった事案です。Xは、①コロナ禍で在宅勤務を十分認めなかった点が健康配慮義務に違反し、②契約更新しなかった点が違法な更新拒絶に該当する、などと主張しました。裁判所は、Xの請求を全て否定しました。
 なお、Xはさらに、雇用の際にKで正社員になれると説明したのに打切りの際に十分説明しなかったと主張し、裁判所はこの主張も否定していますが、この点の検討は省略します。

1.健康配慮義務違反(①)
 ここでは、予見義務違反と回避義務違反の両方を否定しています。理論的には、予見義務違反が無ければ回避義務違反を検討する必要は無いはずですが、理論的に検討不要でも、判決の合理性を高めるために検討することは、ときどき見かけるものです。
 まず予見義務違反ですが、通勤によってコロナに感染する可能性やその危険性が明らかでなかった点が指摘されています。
 次に回避義務違反ですが、それでもYの担当者はKのマネージャーにXの要望を伝え、直接相談する機会を設けたうえで、実際にKもXの在宅勤務を3月10日以降認めましたので、Yは十分な配慮をした、と評価されています。
 これらの判断は、在宅勤務を必ずさせなければならない、という状況でない前提ですが、一般的な予見義務違反と回避義務違反という判断枠組みで判断したことから、健康配慮義務について一般的な基準を示さない、という方向性が示されたと評価できます。
 例えば、飲食店の従業員に対し、飲食店が、自主的な時短営業を求められているにもかかわらずこれに反して深夜営業を行い、従業員に深夜勤務を命じた場合にはどうなるのか(強制力がないし、深夜営業による感染可能性や危険性も明らかでないので、同様の結論になるのか)、さらにより危険な伝染病が流行し、感染の可能性や危険性がより高く、外出禁止令など強制力ある規制がされた場合はどうか、など、状況に応じて個別具体的に判断すべきである、という判断構造が示された、と言えるでしょう。

2.更新拒絶(②)
 ここでは、更新の期待(労契法19条1・2号)だけが議論されています。上記①と同じように、更新拒絶の合理性(同本文)についても議論し、更新拒絶の合理性があった、という判断を示す方法もあったでしょうが、こちらの方では、理論的に無用な点の判断をしておらず、(だから問題であるというほどではありませんが)少し一貫しない面があります。
 さて、更新の期待について、まだ1回も更新されていないことや、更新を予定した条項がないことなどの形式的な面に加え、半年で正社員になれるという言葉を信じたとするXの主張に対し、一般的にKは正社員になりやすい会社という説明をしただけで、これは法的な保証でもなければ、更新の期待にもならない、という実質的な面もその理由としています。
 特にこのうちの実質的な面について言えば、例えばXの説明が、当該派遣について本採用を前提とした試用期間のようなものである、などと説明していたとすれば、試用期間と同程度の契約期間は期待できる等、本事案と評価が異なったでしょうか。形式的な面だけ着目し、更新の予定を記載せずに1回も更新しなければそれで常に更新拒絶は有効、と結論付けるのは、少し危険なように思われます。

3.実務上のポイント
 判決理由の中では触れられていないのですが、在宅勤務は、僅か6日(+@?)で取り消されました。判決はその経緯を明確に認定しているわけではありませんが、在宅勤務中の勤務時間について、本来9時始業であるところ、Xはどうやら自分の判断で7時始業とし、3時半には早々に仕事を切り上げていました。このほかにも何か問題になる言動があったのかは不明ですが、Kはその後間もない3月19日に、3月いっぱいでの打ち切りを通告しました。
 本当は、1ヶ月だけの短期の業務がたまたまあっただけで、Xに何の問題もなかったかもしれません。あるいは、Kに合う人材であれば本採用する意図があったのに、Xが合わなかったということかもしれません。
 結論的には、1ヶ月で派遣契約が終了することの合理性が認められましたが、打ち切られた派遣社員とのトラブルが訴訟にまで発展してしまった原因がどこにあったのか、実際に自社で同様のことを行う場合に何に注意すべきか、実務上考えるべき問題でしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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