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労働判例を読む#537

※ 元司法試験考査委員(労働法)


【プレカリアートユニオンほか(粟野興産)事件】(東京高判R4.5.17労判1295.53)


 この事案は、労働組合と社員Yらが、会社Xによる「過積載」や不当な「配置転換」があった旨を記載した要望書(取引先銀行にXへの働きかけを求めるものなど)の送付や、これらを内容とする街宣活動を、(認定されただけで)5回行った事案で、XがYらに対し損害賠償を求めた事案です。
 1審2審いずれも、Xの請求を否定しました。

1.判断枠組み
 1審2審いずれも、Yらによる言動がXの社会的評価を低下させた(したがって、このままでは不法行為になる)、としたうえで、過積載や配置転換の内容が真実かどうか、等を検討し、Yらの行為の違法性を否定しています。
 けれども、結論は異ならないのに2審はわざわざ1審とは異なる判断枠組みを示しました。
 すなわち、1審では、①表現自体が公共性・公益目的であって、②真実(又は、真実と信ずる合理性がある)かどうか、だけで合理性を判断しました。
 具体的には、①過積載は公共の安全に関し、配置転換は多くの従業員に関し、いずれも表現自体の公共性・公益目的があるとしました。また、②過積載は真実である、と認定に、配置転換は真実ではないが、真実と信ずる合理性がある、と判断しました。
 このように、①②いずれも満たされるとして、損害賠償請求を否定したのです。
 これに対して2審では、1審の判断に加え、③各行為の目的、④各行為の必要性、⑤各行為の態様、⑥Xへの影響、⑦その他(Y組合が労働組合か、など)を検討しました。
 ここで注目される1つ目のポイントは、①と③の違いです。実際に読み比べると、厳密に両者が分けられるのか微妙な面もありますが、①では、表現の内容に着目し、その内容自体に公共性・公益目的があるかどうか、を評価していますが、③では、表現が行われた状況に着目し、労使交渉目的かどうか、を評価しています。例えば、①での過積載の指摘は、交通上の危険に関わるから、という理由で公共性・公益目的を認めていますが、③での過積載の指摘は、違法行為の指摘自体が労働組合の交渉事項の範疇に入り、労働問題に関する交渉を有利に進めるため・違法行為を是正させ労働環境を改善させるためである、として目的の合理性を認めています。
 このように同じ「目的」であっても、1審が問題にした表現行為自体の合理性と、2審が問題にした労働組合法上の合理性とで、評価の視点の異なることがわかります。
 2つ目のポイントは、1審の判断枠組みと2審の判断枠組みのいずれが、本事案の解決に適した判断枠組みか、という点です。
 ここでは、2審の判断枠組みの方が適切であると思われます。
 というのも、1審のように表現行為の合理性の判断は、表現の自由と他者の名誉の間の利害対立を調整するものですが、仮にこの判断基準に照らして名誉侵害に関して許容される表現であっても、労使交渉と無関係の場合など、労使交渉に不適切な場合もあり、2審の判断枠組みで示されたように、労使交渉での言動として許容されるかどうか、という観点からも利害調整されるべきだからです。
 そうすると、名誉との利害調整と、労使交渉としての合理性と、2つの利害調整を、一緒にして判断する2審の判断枠組みの他に、これらを2段階に分けて、それぞれについて許容されることを確認していく方法の、いずれが好ましいのかが問題になります。2審の判断枠組みのように2つを一緒にして判断すると、名誉との利害調整で若干不足する場合でも、労使交渉としての合理性が高い場合には、総合判断として合理性が認められることになり得ます(理論的には)が、別に判断する場合には、このような場合名誉との利害調整の合理性が否定されますので、逆の結論、すなわち表現行為の合理性が否定されます。
 2審判決は別に判断する方法を明確に排除しているようでもないので、今後どのように議論されていくのか、注目されるポイントです。

2.実務上のポイント
 労働組合が会社を誹謗中傷する表現を行った場合に、損害賠償を求めることが、常に否定されたわけではなく、表現と名誉との利害調整、労使交渉の合理性、という観点から合理性が否定される場合には、損害賠償の可能性があることが示されました。
 労使交渉の際のルールとして、参考になります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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