労働判例を読む#330

今日の労働判例
【大阪府・府教委(府立岸和田支援学校)事件】(大阪地判R3.3.29労判1247.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、支援学校Yに勤務する非常勤看護師であるXらが、契約更新されなかったこと(不再任用)と、Xらを他の看護師と接触しないように作業場所、業務内容、動線などを制限されたことについて、違法であると主張し、争った事案です。裁判所は、いずれも適法と評価しました。

1.看護師内部での対立
 この事案の特徴は、看護師内部での意見の対立に原因のある点です。
 Yでは、看護師によるサポートの必要な児童が多く、5人の非常勤の看護師がこの任に当たっていましたが、よりサポートを厚くするために一部を常勤の看護師にして勤務時間を長くすることが決定されました。5名の非常勤看護師うち2名(EF)がYの要望に応じて常勤看護師になることを決めましたが、3名(Xら)がこれに反対しており、EFに対して執拗に、一緒に反対することや常勤看護師にならないように働きかけを行いました。また、XらはEを誘って無断で早退するなど、Yに対する抗議行動も行いました。EFは揃って警察に相談に行き、さらにFは急性ストレス障害により2週間休職しました。
 他方、Xらも精神的障害を発症した旨の医師の診断を受けています。
 このように、常勤看護師の採用に反対するXらと、常勤看護師になる意向を示したEFの対立の中で、Yは、①Xらを再任用しない旨通知するとともに、②XらによるEFへの執拗な働きかけを防止するために、EFの業務をそのままにしつつ、Xらを児童を相手にする業務から外し、執務場所を看護師室から職員室に移し、EFと接触しそうな場所への立ち入りを禁止しました。
 このうち、①について、不再任用の違法性が、②について、Yの措置の違法性が、それぞれ問題とされました。
 従業員間での対立ですが、対立当事者の両方にメンタルの問題が生じているなど、企業秩序や従業員の健康を維持するために、Yは関与しないわけにはいかない状況になり、Yの方針に賛成してくれたEFを守るためにXらの①不再任用と②業務・行動制限を行った、と整理できるでしょう。

2.不再任用
 Xらは労契法19条の類推適用によって、Xらに更新の期待が認められ、不再任用が違法であると主張しました。
 これに対し、労契法21条が明文で、公務員への労契法適用を否定していること、などを根拠に労契法19条の類推適用を否定しました。
 さらに、権利濫用・信義則違反の有無も検討しています。
 ここでは、実質的には労契法19条と同様の論点を検討しています。すなわち、同1号に相当する論点として、再任用手続きが形式化している(期間任用ではない実態がある)かどうか、同2号に相当する論点として、Yの関係者が再任用を期待させるような言動を取ったかどうか、がそれぞれ検討されました。そのうえで、いずれも認められないとして、権利濫用・信義則違反を否定しています。
 このように、労契法19条の類推適用があるかどうか(否定)、という形式面だけでなく、実態の面からも不再任用の有効性が検証されました。労契法19条が類推適用された場合と同様の構造で判断されていますから、結果的に同じかというと、類推適用される場合よりも権利濫用・信義則違反が認められるためのハードルは高くなると思われますから、両者の間には違いがあると評価できますが、判断構造が同様ですので、両者の違いは質的なものではなく量的なものである、つまり程度の違いである、と評価できるかもしれません。

3.業務・行動制限
 この論点については、上記2と同様、Xらの期待権を侵害した、という点も問題にされました(否定)が、この点の検討は省略します。
 ここでは特に、Xらに対するハラスメントとして違法ではないか、という点について検討します。
 具体的にXらは、❶Xらの言動を不当に非難した、❷Xらのうち1名を叱責した、❸勤務場所を職員室にした、❹孤立した座席で、ベルマークの整理などをやらせた、❺ハラスメントの通報に適切に対応しなかった、という点を問題にしました。
 これらについて、Xらの主張する事実自体、認定できないとし、あるいはYの対応に合理性がある、と認定しています。
 特に注目されるのは❷です。裁判所は、教頭がXらの1名を叱責した事実はない、と認定しつつ、仮にそうだとしても「生徒らの生命身体を脅かしかねない職場離脱ないし職務放棄という無責任な対応をとることが強く非難されるべきものである」点を指摘し、合理性がある、としてハラスメントに該当しないと評価しました。
 XらではなくEFを守ることとしたYの対応ですが、Xらの思いこみの強い言動に対する対応として、合理性が認められたのです。

4.実務上のポイント
 あまり言及されていませんが、Xらは労働組合の活動としてYの方針などに反対していた面もあります。そして、労働組合には組織や活動の一体性を確保維持するための統制権が認められており、この統制権の一環としてEFへの説得などが合理化されるのではないか、という点も問題になり得るところです。
 けれども、最初の争点であった「常勤看護師の採用」の当否の問題を措いておくとしても、方針に反対のEFの判断を否定し、メンタルにまで追いこむような活動は、組合活動としてその合理性を肯定するのは難しいように思われます。
 とは言うものの、従業員同士の対立が激化して、職場秩序の維持や従業員の健康のために会社が介入せざるを得ない状況になった場合に、会社がどのように対応すべきかが問題になった事案として、「長崎自動車事件」(福岡高判R2.11.19労判1238.5)があります。これは、組合分裂後に、少数組合の組合員が多数組合の組合員に対して威嚇的・攻撃的な言動を取っていたために、少数組合の組合員らに配置転換処分や懲戒処分を与えたところ、これらの人事処分がいずれも無効とされたものです。長崎自動車事件は、少数組合の組合員が、分裂前に受けていた恩恵を分裂後受けられなくなったことから、少数組合の組合員が多数組合の組合員を攻撃するようになった、という事案です。
 本事案と同様、使用者側の施策が引き金になっているのですが、本事案では、使用者側の施策に賛成する者を守るための対応が合理的とされたのに対し、長崎自動車事件では、会社側の施策に不満を抱く者に対する処分が違法とされました。
 従業員間のトラブルに会社が介入する際、会社側の施策に賛成するかどうか、だけで対応を決定することが難しい、ということが理解できます。また、過激な活動をしている者の活動を抑止する、という目的(それ自体は合理的でしょう)だけで、会社の対応が合理的になるわけではないことも理解できます。対応の合理性を確保するためには、この2つの裁判例を比べてみるだけでも、かなり慎重な判断が必要なのです。
 そうなると、当たり前のことですが、従業員間のトラブルを発生させないことが何よりの対策なのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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