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切り取り線と糊代の相性【掌編小説】

僕は27歳の時、切り取り線を持つ君に出会った。
細い腕には、等間隔に配置された点線。きれいにカットできるミシン目も付いていた。

僕には糊代がある。

この国では「山折り」「谷折り」が多数を占め、次いで「糊代」、最も少数派なのが「切り取り線」だ。
これらは皮膚の一部であり、タイプの別は血液型の違いみたいなものだ。
世間では、タイプによって相性や性格の違いがあるといわれているが、科学的な根拠はない。

糊代は、僕の腕の場合、外側と胴体側の2箇所に付いている。1センチ幅くらいの半透明で、指先にかけて徐々に細くなっている。手触りは丈夫な和紙といったところ。
糊代は我が家の猫たちのお気に入りで、僕にまとわりついては気持ち良さそうにしている。

君の切り取り線はというと、皮膚が数ミリほど隆起して、柔らかいシリコンといった感じだ。触り心地が良い、というか極上。
切り取り線から先の部分は、切り取っても時間が経つと自然に生えてくる。
自分で切り取る分には、爪を切るような感覚で痛みはない。ただ、ストレスで切れたり、十分に生えていないときに切り取られたりすると、深爪の時ような痛みが伴う、と言っていた。

いつか君が職場の人間関係に悩んでいた時、切り取り線から先がほとんどなくなって、体が一回り小さくなったことがあった。
そんな君を見て、僕は心から守ってあげたいと思ったんだ。

僕の糊代は、楽しいことや必要なものはもちろん、余分なもの、厄介なものもくっつけることができる……。
そうか! 君が傷つく前に、苦痛や悲しみを僕の糊代にくっつけてしまえば良い……⁈

そうだ!
これだ!
と思い至った瞬間、「くっつけます! だから結婚してほ……!」と意味不明な言葉で、しかも電車の中という状況下で、僕はプロポーズしてしまった。
あの時の恥ずかしさと、真っ赤な顔で俯いてしまった君の横顔は、一生忘れないよ。
もう、だめだと思った。
でも、電車を降りてから、君は僕の腕をギュッとつかみ、小さな声で「くっつきます」と言ってくれたね。
僕は嬉しくて、全身の糊代に鳥肌が立ったのを覚えている。

それから僕らは長い付き合いになった。
君の切り取り線は、誰からも切り取られることはなく、僕の糊代が役に立っていると自負している。

今でも君は、僕の糊代を猫たちと奪い合いながら、かわるがわるまとわりつくのが日課だ。
それもあってか、糊代はずいぶんくたびれたけれど、平気さ。君の喜ぶ笑顔は、温度を感じさせる灯りみたいに僕をじんわり温め、しあわせな気持ちにさせるのだから。

でも時々、君の切り取り線を見ていると、無性に切り取りたくなることがあるんだ。ミシン目に沿って切り取る、あの感覚は、なんともいえず魅力的だからね。

結論。
「切り取り線」と「糊代」は、科学的な根拠はないけれど、相性は抜群だと思う。

これからもよろしくね。


(1194文字)


お読みくださりありがとうございます。
2022年が皆さまにとって良い年になりますように。


【追記】 2022.1

当拙作が、冬ピリカグランプリにて、すまスパ賞をいただきました。ありがとうございました。
お読みくださったすべての方に、心から感謝申し上げます。

ume15

Instagram:@15ume15

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