
空き地
仕事に行くために通る道沿いに好きな空き地がある。少し前までは畑だったのだと思う。この前の冬に通りかかったときに収穫しきれずに残った葱や白菜が放ってあったからだ。
住宅街の中に畑があるというだけでうれしかったのだが、畑の入り口にたててある手描きの看板がまた良かった。
そこにはTVアニメのヒーローが描かれており、みんなが食べている野菜は畑で作られているということ、野菜はからだにいいということが書かれていた。
子どもたちに伝えたいと考えられたものかもしれないなと勝手に思ったりして、会ったことのない畑の持ち主ごとこの畑のことを好ましく思っていた。
しかし、鶯が歌の練習をはじめるころになっても土がおこされることはなかった。
ロゼット状に伏せていた葉が起き上がりスギナがもさもさと増えてゆき、その間につくしがのぞきはじめてもまだそのままだった。
畑は日ごとに草に覆われていった。
放られたままの葱が花をつけた。
もと畑の空き地に生えた草は勢いよくのびて繁って小さな花をたくさん咲かせると、種を飛ばして倒れていった。別の草がどんどん増えて実を飛ばしながら虫に喰われて枯れていった。枯れた茎に別の草が蔓を巻きつけ覆いかぶさりながら花を咲かせ、とがった草が穂をのばしてさわさわさわさわ揺れている。
ここにはたくさんの虫もいる。
密集して生える葉と葉の隙間にぎゅうぎゅうと入り込んでいるのはカメムシの子。チラチラと羽ばたいては止まるシジミチョウ、茎をぐるりと埋め尽くすアブラムシ、その上を降りたり登ったりする蟻。細くて透明な芋虫は新芽を糸で綴じて住まいを作っている。
忙しく働く蜂もみんな同じ種類じゃない。地面すれすれを飛びながら獲物を探すもの、小さな花をいくつもめぐるもの、草の上で体の手入れをするもの。足元に落ちた影を追って空を見上げるけれど何もいない。
書ききれないほどの虫がいる。
みつけられないだけでまだまだたくさんの虫がいる。
ここは楽園。毎日そう思いながら通っていた。
ある日少しだけ草がどかされていた。人の手で草を刈ったのではなく土ごと削り取られていた。
なにか丸いふたのようなものがふたつ地面から突き出ている。
これは住宅の地面によくあるふたではないか。開けるとメーターみたいなものが入っているような。
次の日は昨日よりももっと草がはがされていた。
空き地の半分ほどが茶色で奥のほうに生気を失った草が積み上げられていて
その手前に重機があった。
何日かしてとうとうすべてが茶色になった。もう枯れた草の山もない。
日焼けしたおじさんが重機を動かしている。空き地を区分けするように板が土に打ち込まれている。丸いふたが増えている。ここに何件もの家が建つのだ。
虫たちはどこにいるだろう。草の種はどうなるんだろう。人の目では見ることさえできない虫たちは。
蝶の影が足元に落ちて真上ではなく振り返って後ろを見上げてみる。
キアゲハがゆらりと浮かんでいた。