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約束を守るか どうか

ここ最近の わたしの暗いテーマだったこと。。。暗いんです。。。それは、

なんでかつての私は あんな軽い扱いを受けたのか、
ということ||||||(_ _。)||||||

これまで 社会人になってから 理由もなく 無視されたりとか、見下すような接し方をされることが たまにあって その度に 怖い思いや悲しい思いを味わってきた。

もう、そういうことは なくなったのだけど、そのカラクリをどうしても自分なりに解明したくて、振り返っていたのだ。

軽い扱いといっても その中身は重い。
一番ひどかったのは
はじめ冷たかった人(Aさんとしておきます)の態度が変わり、こちらもうっかり心を許して接していたら 結局は 相手の気まぐれで振り回されているだけだというのがわかったことだった。親しい人には「それは遊ばれちゃったね」と言われるレベルで。ああ。。。

心を許した自分を悔やんだが、今 思えば そりゃ心を許すよなあってことを相手はしてきていた。あれだけのことをしてくれながら(それは「相手に尽くす」「相手を口説く」と周囲が解釈する場合もあるほどのものだった)一方で同じ対象を鼻で笑うということをやってのける その人は ある意味、敬服に値する。人格分裂してるんだもの。ある人には優しく、そして次の瞬間、同じ空間にいる別の人には冷酷に振る舞う、ということを平然とできてしまうのに、周囲は その人のことを「Aさんは人格者だ」って持ち上げて 本人もまんざらでもない表情で その言葉を受け取るのだった。←この時点で おかしいんだけれども。

自分が最初に感じた違和感、嫌悪感(この人怖い、冷たい)を忘れて 相手の気まぐれな優しさを信じきったことを悔やんで悔やんで 時間はすぎた。相手との関わりの中で、悔やんでも悔やみきれないほどの屈辱を味わったからだ。

悔やむ中で 気づいた。冒頭のテーマに対する答えに。

人を軽く扱う人が、ちょっとした不実な振る舞いをフィルターにして相手を見極めてることがあるということだ。



思えば 相手は はじめから

自分の言葉の意味をすり替えたり、ちょっとした、ほんとにちょっとした約束を守らなかったり、そういうことをする人だった。

その度に「あれ?前言ってたのと違う。私の勘違いかな」って思いながら やりとりを続けていた。詳細を書かないので 読む人にはわかりにくいだろうが、それが 結果的に

Aさんが

「この人との約束は守らなくてもいい」つまり、「この人は軽く扱ってもいい」



と思うことに繋がった可能性は高い、と思った。いろいろな要因があると思うので、それだけではないだろうけれど。

私にも 相手にそう思わせる素地があった。

「私は約束を守ってもらうだけの価値がない」

という思い込みによる引き寄せをしていたということだ。

約束を守ることがなぜ大事か。
嘘をつかないことがなぜ大事か。
それは、相手の心はもちろんのこと、自分の心も世界も守ることだからだ。
そう、守ることだけではなく、守ってもらうことも同じくらい大切なのだ。

Aさんは ずっと フィルターを活用して生きていくのだろうか。そして、吸い取るだけ吸い取って面倒になったら 鼻であしらって 相手を切り捨てていくのだろうか。あるいは Aさんこそ そういう扱いを受けているのかもしれない、私にそれを知る由はないし、知るつもりもないが。

わたしを尊重してくれる人に気づかないような生き方からさよならする。それは、他でもないわたしが まずわたしを尊重して生きるということだ。

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