「教職調整額」を増額しても「教員の働き方」は改善されない(中編)
前回の記事では、
・「教職調整額」を増額しても「教員の働き方」は改善されない
・むしろ、増額によって「教員の働き方改革」の問題に決着がついたかのような印象を与えたり、増額したのだからこれまで以上に働けという空気が生まれたりすることを懸念する
ということを書いた。
教員にも民間企業などと同様に「残業代」を支給するのか、それとも「教職調整額」の仕組みを維持しながらその改善を図るのかについては、「教員の働き方」を考えるうえで避けては通れない問題である。
だが、それはゴールではない。
ゴールはあくまでも、
「教員の長時間労働の是正」
なのである。
今回の中教審特別部活で議論された内容については「教育新聞」で詳しく紹介されているが、それを読むかぎり、
「本当に問題のゴールが意識されているのか?」
と言わざるを得ない。
この記事では、
「時間外勤務手当については、公立学校教員の業務にはなじまないとの意見が圧倒的に多かった」
として、4名の委員の意見が紹介されている。
たしかに、私自身の校長としての経験を踏まえて考えてみても、教員の時間外勤務について管理することが「実務上極めて難しい」「不可能に近い」「現実には(民間企業よりも)さらに難しい」という感覚は理解できる。
しかし、「難しい」ということと「できない」「やらない」ということとは全く別だ。たとえば、「いじめ」を根絶すことは「難しい」が、だからといってその対策を「できない」「やらない」とは言わないし、言えないはずなのだ。
この「教職調整額」に関しては「定額働かせ放題」のためのシステムだと揶揄されることがある。しかし、本来はそういうものではなかったはずだ。調整額の枠外に超過勤務が生じないように、管理職には労務管理をすることが求められているはずなのだ。
それにもかかわらず、「極めて難しい」「不可能に近い」と言い切ってしまえば、それは労務管理を放棄するということになってしまうだろう。
また、委員の発言の中に「専門職としての教員」「高度専門職」という言葉が出てくるのも気になる。たしかに、教員には専門性が必要である。だが、専門性が必要なのはどの仕事だって同じだろう。
私はこれまで、公立小学校の教員や管理職のほかに、公益法人の職員(1年間の出向)、教育委員会の指導主事や管理職、教員向け研修施設の支援員、大学教員などの仕事を経験してきた。
振り返ってみると、どの仕事にもそれぞれに専門性が求められていた。教員だけが特段に高い専門性を必要とされているとは思えないのだ。
・・・ちなみに私は、教育委員会の指導主事を務めていた時期に「残業代」を受け取っていた。私が勤めていた自治体の場合、指導主事になる際には教員から行政職員に転籍をすることになるため、他の行政職員と同じように時間外勤務には「残業代」が発生するのだ。
指導主事になって初めてもらった給与明細。そこに「残業代」が記載されていて驚いた記憶がある。しかし、それに驚くほうがおかしいのだろう。「残業代」が出るのは当たり前のことなのだから。
この当時、どのような時間外勤務を行っていたのかといえば、たとえば教員研修のための資料作成、市会議員への事業説明、学校にアンケート調査をした回答の集計などである。
これらを教員の仕事に置き換えると、教材作成、保護者対応、テストの採点などに近いだろう。けっして教員の仕事だけが特別なわけではないのだ。
また、当時の上司だった課長は、時間外勤務に関することも含めた労務管理を行っていた。他の部署には、30名以上の指導主事を抱える課長もいたが、やはり同じように対応をしていた。なぜなら、それが管理職としての責務だからである。
おそらく、当時の課長たちは労務管理上の難しさを感じていただろう。しかし、くり返しになるが「難しい」ということと「できない」「やらない」ということとは全く別物なのである。
(付け加えると、国立や私立の学校には「残業代」を支払う制度がある。国立や私立にできて公立にできないのだとしたら、その理由はどこにあるのだろう。)
・・・委員の多くが時間外勤務の支給に否定的な意見を述べるなかで、妹尾昌俊委員の主張は異なっている。
私は妹尾委員の意見に大筋で賛成である。これについては、次回に詳しく述べたい。
(つづく)