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【読書ノート】ブレイディみかこ『両手にトカレフ』(ポプラ社)

 ブレイディみかこ氏は、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者として知られている。
 著者とその一人息子が暮らす英国は、この『ぼくはイエローで…』の中で、移民、人種差別、貧富の格差など、多くの根深い問題を抱える世界として描かれていた。

 この『両手にトカレフ』も、現代の英国を舞台にしているという点では共通している。ただし、こちらはフィクションである。
 主人公である少女ミアは、日本でも問題になっているヤングケアラーだ。酒と男と薬物に溺れる母親に頼ることはできず、差別や貧困と戦いながら、愛情を注げる唯一の対象である弟の世話をしている。

 ある日、ミアは偶然に一冊の本と出合う。それは、大正時代の日本で活躍したアナキストである金子文子の伝記だった。生きる時代や国はミアとは異なっているが、伝記の中のフミコもまた、貧困や身勝手な大人たちと戦っている。そんなフミコの姿に、ミアは自分自身を重ね合わせていく。

 物語はミアの日常とフミコの少女時代を交互に描きながら進行していくが、終末で二人の人生は交錯し、それぞれが「今」から逃避することを決意するのだ。


 このフィクションの結末に触れることは控える。だが、ノンフィクションの世界に暮らしている無数の「ミア」たちによる逃避行の多くは、この本の主人公とは異なる結末を迎えているのではないか、と思う。

 この物語は、現代の英国に暮らす少女と、昔の日本の少女を描いている。だが同時に、現代の日本に暮らす少女の物語でもあるのだろう。

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