「GIGAスクール構想」と「見ざる・聞かざる・言わざる」
先日の記事で、日光東照宮にある彫刻の「想像の象」に関することを書いた。
今回は、同じく日光東照宮にある「見ざる・聞かざる・言わざる」の「三猿」の彫刻について考えたことである。
「三猿」は神厩舎の壁面に彫られ、人の一生を猿に喩えて描いた8面の彫刻のうちの一つである。そこには、
「子どものうちは、よくないことを『見ない』『聞かない』『言わない』ことが大切だ」
という意味が込められているという。※諸説あります。
・・・こういう「見ざる・聞かざる・言わざる」の子どもは、親や教師にとっては都合のよい「いい子」なのかもしれない。
しかし、世の中が多様化・複雑化する現代社会では、子どものうちから情報の取捨選択をしたり、的確な情報発信をしたりする力を身につけることが大切なはずだ。
言い換えれば、子どもたちの「見る・聞く・話す」の力を高めていくことが必要なのである。
「GIGAスクール構想」で配当された「1人1台端末」の活用についてもそうだ。
「子どもを有害な情報に触れさせてはいけない」
「『いじめ』につながるような不適切な情報発信をさせてはいけない」
と、端末の利用に多くの規制をかけている自治体や学校では、その活用が遅々として進まないし、子どもたちの情報活用能力も高まらない。
もちろん、一定のルールやマナーは必要である。しかし、本来は子どもたちが自由に活用をするなかで、よい使い方やそうでない場合に気づき、適切な能力を身につけていくべきものだろう、
「見ざる・聞かざる・言わざる」では、子どもたちがそうしたことを学ぶ機会を奪ってしまうのである。
子どもたちの活用にブレーキをかけ続けている自治体や学校の関係者には、よく考え直していただきたいものだ。
・・・もっとも、こういう方々の多くは、都合の悪い指摘については見聞きしようとせず、議論もしないという、
「見ざる・聞かざる・言わざる」
を決めこんでいるのかもしれないが。