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【物理数学】極限とランダウの記号【定義と物理におけるその価値】
大学一年生になると,極限(limit)の厳密な定義を数学で習います.いわゆる「イプシロンデルタ論法」というやつで,大学数学の厳密さを思い知らせてくる,悪名高い(?)やつです.私の場合は,これを知らなくてもほとんど困ったことはなかったように思いますが,思想としてはやはり重要だったのではないかと,最近になって思うようになりました.また,一緒に習う「ランダウ(Landau)の記号」は物理でもよく使うので,それをちゃんと使えるようになることも大切です.今回は「イプシロンデルタ論法」と「ランダウの記号」を簡単に紹介し,物理における考え方としての重要性を話して結びとします.
極限の(おおざっぱな)定義
高校では,極限を「ある値に限りなく近づくこと」と習います.たとえば,
$$
\begin{align*}
\lim_{x\to\infty} f(x) = a
\end{align*}
$$
と書いて,これで「$${x}$$を限りなく大きくした時,関数$${f(x)}$$は限りなく$a$に近づく」という意味を持たせます.
極限の厳密な定義
しかし,「限りなく」というのでは直感的なので,数学的に厳密に定義したくなりますね?先ほどの
$$
\begin{align*}
\lim_{x\to\infty} f(x) = a
\end{align*}
$$
は,
$$
\begin{align*}
\forall \epsilon >0, \exists R>0, \text{ such that } x> R \Rightarrow |f(x) -a| < \epsilon
\end{align*}
$$
によって厳密に定義できます.これを日本語で書きなおすと
「どんな$${\epsilon >0}$$をとっても,ある$${R>0}$$が存在して,$${R}$$よりも大きな$${x}$$をとれば,$${f(x)-a}$$の大きさは$${\epsilon}$$より小さくできる」
と言っています.
イプシロンを「誤差」と読むと意味がはっきりとします.つまり,「関数の目標値に対する誤差を小さくしたいなら,引数を十分に大きくすることによって,いくらでも達成できる」という意味になります.(引数は,後出しじゃんけんのように,提示された誤差に応じて後で決めて良いことに注意しましょう.)これが極限の正確な意味です.
このように,誤差の項を巧みに導入したところに,イプシロンデルタ論法の最大の功績があると思います.
(注: 「イプシロンデルタ」というのに,デルタが出てきませんでした.今回は無限に飛ばす領域で考えたためです.「イプシロンデルタ」の名前の由来になった議論では,「無限に飛ばす」のではなく,「ある値の近傍」での極限値を考えます.そういうときは,よくデルタを記号に用います.しかし,この場合も基本的な考え方を理解していれば上と同じようにして定義できるので,今回はそのような極限は扱わないことにします.)
漸近
次のような記法をときに用いることがありますので,ここで定義しておきます.
$$
\begin{align*}
f(x) \sim g(x) \ (x\to\infty\text{において})
\end{align*}
$$
これで
「$${f(x)}$$が$${x\to\infty}$$の領域で$${g(x)}$$に漸近する」
ということを意味します.「漸近する」の定義は
$$
\begin{align*}
\lim_{x\to\infty} \frac{f(x)}{g(x)} = 1
\end{align*}
$$
です.
ランダウの記号
ランダウの記号には二種類あります.ビッグオー$${O(\cdot)}$$とスモールオー$${o(\cdot)}$$があります.
(1)ビッグオー
まず,大文字のほうは
$$
\begin{align*}
f(x) = O(g(x)) \ (x\to\infty \text{において})
\end{align*}
$$
このように書くと,これで
「$${f(x)}$$は$${x\to\infty}$$の領域で$${g(x)}$$よりも早く発散しない」
というようなことを意味します.正確な定義は,
$$
\begin{align*}
\exists R>0, \exists M>0 \text{ such that } x>R \Rightarrow \frac{|f(x)|}{|g(x)|} < M
\end{align*}
$$
です.たとえば,
$$
\begin{align*}
&x^3 + x+ 1 = O(x^3) \ (x\to\infty \text{において})\\
&x^3 + x+ 1 = O(x^4) \ (x\to\infty \text{において})
\end{align*}
$$
などと書けます.ただし,数学的にはこの例の二つはともに正しいのですが,このうち下の書き方は上の評価よりも弱く,あまり価値がありません.
物理では,基本的にもっとも「強い」意味でしか用いません.つまり,
「$${f(x)}$$は$${x\to\infty}$$の領域で$${g(x)}$$と同じくらいの大きさの関数に漸近する」
というくらいの(割と適当な)意味で物理では使われます.この意味でこのビッグオー記号はオーダーとも読まれます.
(2)スモールオー
次に,小文字のほうですが,
$$
\begin{align*}
f(x) = o(g(x)) \ (x\to\infty \text{において})
\end{align*}
$$
のように書くと,
「$${f(x)}$$は$${x\to\infty}$$の領域で$${g(x)}$$に比べて十分小さい」
ということを意味します.
定義は
$$
\begin{align*}
\lim_{x\to\infty} \frac{f(x)}{g(x)} =0
\end{align*}
$$
です.
物理とのかかわり
イプシロンデルタ論法は「要求される精度に応じて,考える領域が変わる」ということを意味していました.物理の理論は必ず,「ある程度の精度の範囲で正しい理論」なので,そのことの教えとしてイプシロンデルタ論法には教育的価値があると思います.たとえば,統計力学は系のサイズを十分大きくした極限で,十分な精度で熱力学を再現する漸近理論です.自分の考えている系のサイズによって,精度が変わるといえます.こうした意味で,イプシロンデルタ論法はやっぱり基礎的に重要だろうと思います.
物理はそういう理論ですから,必ず何らかの近似を入れます.近似は,常に何かと比較したときに,意味を持ちます.たとえば,エベレストは世界一高い山ですが,地球の大きさと比べるとはるかに小さいので,地球はほとんど球体と思ってよいわけです.そんな地球も太陽に比べたら点のようなものです.このように,比較して十分な精度で近似する感覚が,ランダウの記号にはあります.
私は大学一年生のレポートを採点することがありますが,そのときによく思うのは,近似の仕方がかなりいい加減だな,ということです.「0.0001なら小さい数だ!無視しよう!」くらいの感覚でやっている人が結構多いのです.これはもちろん間違っているのですが,これが間違いであることは,今回の内容を理解していれば,簡単にわかることと思います.
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