【統計力学8】カノニカル分布の応用(古典編)【エネルギー等分配則とその限界】

カノニカル分布を使って,古典力学で重要な帰結であるエネルギー等分配則を導きます.エネルギー等分配則を適用してどのような結果が得られるか見てみましょう.

その前にまずは理想気体について知っている結果が得られることを確認しておきましょう.

理想気体の分配関数

理想気体のハミルトニアンは

$$
H(q,p) = \sum_i^{3N} \frac{p_i^2}{2m}
$$

ですから,分配関数は

$$
\newcommand{\explr}[1]{\exp\!\left(#1\right)}
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
Z(\beta,V,N) &= \int \frac{dqdp}{N! h^f} \explr{-\beta \sum_i^{3N} \frac{p_i^2}{2m}}\\
&= \frac{1}{N! h^f}\int dq \lr{\sqrt{\frac{2m}{\beta}}\int dp e^{-p^2}}^{3N}\\
&\approx \text{(定数)}^{N}\times \lr{\frac{V}{N}}^N \lr{\frac{1}{\beta}}^{3N/2}
\end{align*}
$$

となります.ここで,スターリングの公式を用いました.また,ガウス積分の細かい積分値には大した意味はないので定数のところに押し込めています.

私たちは逆温度を理想気体の状態方程式に基づいて決めたため,この分配関数から状態方程式が再現されるのは当然ですが,それを確認しましょう.エネルギーは

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
E(T,V,N) \sim - \pd{}{\beta} \ln Z(\beta,V,N) = \frac{3}{2}N kT
$$

と計算され,また圧力についても

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
P(T,V,N) \sim \frac{1}{\beta} \pd{}{V} \ln Z(\beta,V,N) = \frac{N}{V} kT
$$

と計算されて,状態方程式を再現するので安心します.

また,自由エネルギーは

$$
F(T,V,N) \sim - N kT \ln \frac{V}{N} - \frac{3}{2}N kT \ln kT + F_0
$$

と書けます.ただし,最後の項は分配関数の定数の項に対応する自由エネルギーの基準点です.当然,自由エネルギーの微分を計算しても上のエネルギーや圧力が再現されます.また,エントロピーは

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
S(T,V,N) \sim -\pd{F}{T} = Nk \ln \frac{V}{N} + \frac{3}{2} N k \ln kT + S_0
$$

と計算できます.最後の項はエントロピーの基準点です.

ところで,以前に理想気体について状態数を求めたことがありました.その結果は

$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\Omega(E) \approx \text{(定数)}^N \times \lr{\frac{V}{N}}^N \lr{\frac{E}{N}}^{3N/2}
$$

でした.これを計算するのにはガンマ関数を用いる必要がありました.積分を等エネルギー面の内部という制限のもとで実行しなければならなかったためです.それに比べると分配関数の計算は,積分をそれぞれの運動量について独立にやってよいので少し計算が楽になっています

状態数をもとにボルツマンの式を用いてエントロピーを求めると,

$$
S(E,V,N) \sim k\ln \Omega_0 (E,V,N) = Nk\ln \frac{V}{N} + \frac{3}{2}Nk \ln \frac{E}{N} + S_0
$$

となります.
ここで,

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\pd{S(E,V,N)}{E} = \frac{3}{2}\frac{Nk}{E} = \frac{1}{T}
$$

を満たすような温度によって,エントロピーの変数を温度に取り替えると,ちゃんと分配関数から求めたエントロピーに一致しています.また,ここで決まるエネルギーやエントロピーを用いて,ルジャンドル変換

$$
F(T,V,N) = E(T,V,N) - T S(T,V,N)
$$

によって自由エネルギーを求めれば,ちゃんと分配関数から導いた自由エネルギーに一致します.もちろん,自由エネルギーが欲しかったら普通はこんなまどろっこしい方法で導くことはせず,分配関数から直接導けばよいのです.

エネルギー等分配則

理想気体の状態方程式

$$
E(T,V,N) \sim \frac{3}{2} N kT
$$

は,一つの自由度あたりの運動エネルギーが$${ \frac{1}{2}kT}$$であることを示唆しています.このことをエネルギー等分配則と言います.

もう少し一般に,ハミルトニアンが力学的なポテンシャルエネルギー$${U(q)}$$を含んで,

$$
H(q,p) = \sum_i^{3N} \frac{p_i^2}{2m_i} + U(q)
$$

のように書けるとしましょう.

分配関数は

$$
\newcommand{\explr}[1]{\exp\!\left(#1\right)}
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
Z(\beta,V,N) &= \int \frac{dqdp}{N! h^f} \explr{- \beta\lr{ \sum_i^{3N} \frac{p_i^2}{2m_i} + U(q)}} \\
&= \text{(定数)}^{N}\times\int \frac{dq}{N!} e^{-\beta U(q)} \times \lr{\frac{1}{\beta}}^{3N/2}
\end{align*}
$$

と書けます.このように,古典力学の範囲では運動量の部分と座標の部分で完全に分離した形に書くことができます.したがって,カノニカル分布によって,運動量のみの任意の関数の期待値を計算してみると,座標の積分の部分は完全に約分することになるので,「運動量のみの関数の期待値は理想気体と全く同じ期待値を与える」といえます.

運動量の関数として運動エネルギーをとれば,運動エネルギーの期待値について常に,

$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\alr{\sum_i^{3N} \frac{p_i^2}{2m_i}} \sim \frac{3N}{2} kT
$$

といえます.任意の粒子数について同じ式を与えるので,一般に(古典力学の範囲では)エネルギー等分配則が成り立つことがいえます.

マクスウェル分布

今度は,運動量の関数として,運動量空間における粒子の密度(ある運動量をある粒子が持つ確率とも考えられます)

$$
n(\bm{p}) = dp_x dp_y dp_z\ \frac{1}{N}\sum_{i=1}^{N} \delta(\bm{p}^{(i)} - \bm{p})
$$

を考えてみましょう.ただし,$${p^{(i)}}$$は粒子$${i}$$の運動量を表しています.運動量空間における粒子の密度の期待値は,

$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\newcommand{\explr}[1]{\exp\!\left(#1\right)}
\begin{align*}
\alr{n(\bm{p})} &= \frac{1}{Z(\beta)} \int \frac{dqdp}{N! h^f} n(\bm{p}) \explr{-\beta \sum_{i}^{N} \frac{|\bm{p}^{(i)}|^2}{2m}}\\
&\propto \explr{-\beta \frac{|\bm{p}|^2}{2m}} dp_x dp_y dp_z
\end{align*}
$$

となります(座標は分離して約分するので簡単になります).比例定数の計算を適当にしてきましたが,今から規格化すれば比例定数も計算できるので問題ありません.比例定数も含めて書くと

$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\newcommand{\explr}[1]{\exp\!\left(#1\right)}
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\alr{n(\bm{p})} = \lr{\frac{\beta}{2\pi m}}^{3/2} \explr{-\beta \frac{|\bm{p}|^2}{2m}} dp_x dp_y dp_z
$$

となります.これをマクスウェル(Maxwell)分布と呼びます.

同じことをミクロカノニカル分布で計算するとどうでしょう.

$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\begin{align*}
\alr{n(\bm{p})} &= \frac{1}{W(E)} \int_{\sum_i^N \frac{|p^{(i)}|^2}{2m} + U(q) = E \text{となる}\{q,p\}} \frac{dqdp}{N!h^f} n(\bm{p}) \\
&= \frac{1}{W(E)} \int_{\sum_i^{N-1} \frac{|\bm{p}^{(i)}|^2}{2m} + U(q) = E -\frac{|\bm{p}|^2}{2m} \text{となる}\{q,p\}} \frac{dqdp}{N!h^f}
\end{align*}
$$

これを計算しなければなりません.このような制限のついた積分を一般的に実行することは困難です.カノニカル分布なら,制限が解けて計算しやすくなるのです

結晶の比熱

結晶は連成振動子の3次元版と考えることができます.連成振動子は,独立な調和振動子と等価でした.結晶の場合,自由度は$${3N}$$です.したがって,エネルギー等分配則より,結晶の持つ運動エネルギーは

$$
\frac{3}{2} N kT
$$

であることが言えます.調和振動子の場合,さらにポテンシャルエネルギーの寄与が加わりますが,それは運動エネルギーと同じ大きさです.調和振動子のポテンシャルエネルギーは運動エネルギーと形式的には同じ形をしている(比例定数は結局約分されるのでどうでもよく,運動量の二乗から位置の二乗になっているだけです)ので,エネルギーの期待値を計算すると同じになるからです.

したがって,結晶の持つエネルギーは

$$
E(T,V,N) = 3 NkT
$$

となります.
ここからモル比熱を計算すると

$$
c = \frac{N_A}{N}\frac{d E}{dT} = 3 N_A k
$$

となります.ただし,$${N_A}$$はアボガドロ(Avogadro)定数です.これはデュロン・プティ(Dulong--Petit)の法則といわれるよく知られた実験事実を導いたことになります.

しかし,デュロン・プティの法則は高温ではよく成り立つものの,低温では成り立ちませんでした.

光子気体のエネルギー

電磁気学によると,電子が振動すれば電磁波(光)を出します.ある温度の箱を用意すれば,壁から電磁波の放射・吸収が起こり,箱の中で電磁波が平衡状態に達します.これを光子気体といいます.(光子は量子力学的な概念なので用語を先取りしてしまっていますが,実は古典統計力学では光子気体のエネルギーをうまく説明できないということが今から明らかになります.)

電磁気学によると,箱の中に閉じ込められたの電磁波の状態方程式は

$$
p = \frac{\epsilon(T)}{3}
$$

となります.ここで,$${p}$$は電磁波の圧力,$${\epsilon(T)}$$はエネルギー密度です.これを熱力学で得られたエネルギー方程式と組み合わせることで

$$
\frac{d\epsilon(T)}{dT} = 4 \frac{\epsilon(T)}{T}
$$

が得られます.この微分方程式を積分すれば,

$$
\epsilon(T) = a T^4
$$

を得ます.($${a}$$は積分定数.)エネルギー密度が温度の4乗に比例するという関係が得られました.これはシュテファンによって実験的に確かめられ,その後ボルツマンによって熱力学に示された法則で,シュテファン・ボルツマン(Stefan--Boltzmann)の法則といわれます.

シュテファン・ボルツマンの法則を統計力学から再現することを考えます.
詳しくは省略しますが,古典電磁気学によると,ある体積の箱に閉じ込められた電磁場は無限の自由度の調和振動子と等価であることが示せます.この調和振動子の集まりに,古典統計力学を適用して,エネルギー等分配則を適用すると,電磁場のエネルギーは無限大になってしまいます.したがって,比熱も無限大となってしまうわけで,空洞輻射の温度は無限のエネルギーを与えても上がらないということになり,現実を再現しません.

この困難は19世紀の物理学者を非常に悩ませました.これを解決したのは,「エネルギーは連続な値をとるのではなく,とびとびの値をとる」という1900年にプランクが提唱したアイデアです.この今のところ不明なアイデアが量子力学という全く新しい分野を切り開きました.この業績によりプランクは1918年にノーベル賞を受賞します.そして,「光は粒々(光子)として考えるべきだ」という物理的な洞察をしたのはアインシュタインでした.このアイデアは光量子仮説と呼ばれ,それに基づき光電効果(金属の表面に光を当てると電子が飛び出す現象)の解明をした1905年の論文によって,アインシュタインは1921年にノーベル賞を受賞します.アインシュタインの業績で有名な相対論に比べると地味に見えるかもしれませんが,真に独創的なのはやはり光量子仮説のほうだと思います.「光は波である」という考えがマクスウェル方程式によって確立されていた当時,「光は粒子である」という新しい考えを持ち込んだことは信じがたいほど大胆なアイデアであったわけです.

さらに,低温での結晶の比熱の問題も,量子力学を取り入れることによって解決することが,アインシュタインとデバイ(Debye)によって示されました.

量子力学によってどのようにこうした問題が解決されるかを今後見ていきましょう.

今回のまとめ

一つの自由度あたりに等しくエネルギーが分配されるという法則(エネルギー等分配則)を得たが,低温での結晶の比熱や光子気体をうまく説明しないという問題がある.これを解決するために量子力学への道が開けた.

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