【連載小説】猫人相談所(3)2つの選択肢
「あなたは嘘をついている」
猫人の声は明らかに先ほどと変わっている。丁寧で控えめな雰囲気はなくなり、暴力的で男性的な声に変わっている。
「あなたは、本当は、彼女に対して”いい人”を演じているわけではない。もちろん、本質的にいい人などでもない」
「あなたは、もともと、彼女を車に乗せて送迎すること自体に、下心があった。それ自体は別に悪いことではない。そして、それから彼女に対して立場を利用して、いつもいつも送迎をすることで、そのチャンスを伺っていた、それ自体も悪いことでもない。そのくらいのリスクは彼女だって感じていたことだ」
「しかし、あなたは、そういう自分の行為を”いい人を演じている”と欺いた。まず自分自身をそのようにだまし、次に彼女にそう思わせ、周りにもそのように思わせた」
「でも、それもまだいい。よくあることだ。そして、自分の気持ちに向き合い、正直になり、告白をしたことも評価しよう。結果は残念なことだけど、別によくあることだろう、その程度のことは」
そこまで話すと、猫人は急に僕の背中を強く押し出す。ブランコは66度を超え、上空に上がるとチェーンが張りを失い始める。僕はブランコから放り出される恐怖を感じる。
「やめてください!危ない」
僕は後ろを見ようとしながら猫人にいう。しかし、猫人は少し笑ったように感じた。
「うるさい」
猫人は後ろに来たブランコを、今度は大きく頭の辺りまで引き上げて、強く押し出す。僕は必死に両手でチェーンを握りしめる。
「あなたは、今、彼女に対して犯罪行為をしている」
「あなたは、告白をし、フラれてしまった相手のことを忘れられず、いつかどこかで取り返そうと思い、いい人を装って、彼女の送迎を続けている。彼女にまとわりついている。自分では、”いい人を演じている”と自分を偽っているが、本心は違う。あなたは、いつか彼女を自分のものにしたいと思い、そのチャンスを失いたくないが故に、今の関係を続けている」
「あなたのやっていることは、ストーカーと何ら変わりがない。嫌がる相手の弱みにつけ込み、立場を利用してこのような行為をおこなっているのだから、ストーカーでもあり、セクハラ、パワハラでもある。」
「私たちがあなたのような人間を許せないのは、あなたは、自分で本当はわかっているのに、自分自身を自分自身で巧妙に偽り、そしていつの間にか、自分でも本当に”いい人”であるかのように振る舞っていることだ。嘘で自分を塗り固めた結果、自分自身が嘘で塗り固められていることすら忘れてしまっている。そして、このような犯罪行為を、善意のような顔をして平気で行っている」
「そしてあなたは、あなたの行為により傷つく人、迷惑を受ける人がいることを考えもしない。考えようともしない。このような人間は、人間としての正常な思考を失っているとしか思えない」
「私たちはあなたのような人間どもを捌くためにここにいる。」
ブランコに乗せられた僕の体は、猫人が後ろから押すたびに、空中に放り出されそうになる。これ以上強く押されれば、僕の体はブランコの上の棒に巻き付いてしまうのではないかと感じる。そして、僕は命の恐怖を感じ始める。猫人は、僕を殺そうとしているのだろうか?僕は考える。この場から脱出する方法を考える。何とか猫人の前から逃げ出す手立てを。
「あなたには2つの選択肢を提示する。1つは、あなたの抱えるその闇を認め、私たちにその闇を委ねるか、あるいはもう1つは、あなたの吐き出した黒魂、つまりはあなたの闇のリアルな形を世の中に晒すかだ。」
「闇を認め、委ねる場合、あなたは私たちと同じ猫人になる。新しい猫の被り物を被り、猫人として生きていく。あなたという人格、あなたの人生は無くなるが、あなたの闇は閉ざされ、誰にも知られることはない。それを拒む、つまり猫人になることを拒むならば、あなたの黒魂、そう、さっきあなたの体から出た、わたしが手にしているこの黒魂を私たちはいただく。そして、完全に、完璧に世の中にあなたの闇を晒す。黒魂の全てを晒していく。あなたは、このような闇と黒魂を持った人間として世界に周知される。そして、その中で生きていくことになる」