あれもこれも来ています!!/ 特別展「ドグウ集まれ!」 :あつぎ郷土博物館
この秋は各地で縄文の企画展が目白押し!
ここ神奈川県厚木市にも、普段はなかなか目にすることのできない土偶たちが大集合です。
何故か?厚木市には土偶が少ない
神奈川県西部の厚木市は、数多くの縄文遺跡があるものの何故か土偶の出土数が少ない…。
その土偶たちも大部分が欠けているので、どのような土偶文化があったのかを想像するのは難しいようです。
でもこの土器に付いた愛らしい文様を見ると、ここにも多くの土偶がいたように感じられてきます。
周辺にはこんなに多くの土偶がいます!
まるで厚木市がエアポケットのように、周辺からは多くの土偶が出土しています。
展覧会には、厚木市のある神奈川県と山梨県、東京都西部を中心としたバラエティーに富んだ土偶たちが集まってきています。
これは今から約7000年前~5000年前に作られた山梨県の土偶です。
日本で初めて土偶が作られたのは約12000年前。
顔はなく豊かな女性らしい身体を表現したものでした。それから暫くはこのような「顔のない」土偶が作られていました。
時代は進み今から約5000年前を過ぎると、山梨県~長野県が日本の中心地となり多くの土偶が作られるようになりました。
この山梨県の土偶「いっちゃん」の「顔」は、周辺地域に広く伝わっていきました。
頭の形に変化を加えたり、顔に入れ墨を表現したりと様々なデザインが生まれます。
左後ろは数少ない「目玉」のある土偶です。
トリのような手を持つ土偶も出現します。
愛称「おびのっち」は『土偶装飾付土器』と呼ばれるもので、土偶が土器に乗ったものです。
「いっちゃん顔」が大流行のさなか、独自の表現も生まれました。
この『手を広げる土偶』は、ハチマキorターバンのようなものを付けているものが多く見られます。
「子宝の女神ラヴィ」は妊婦を表したもので、手でおなかを押さえるようなポーズが人気の土偶です。
この時期、このようなお腹の大きな土偶が多く見られます。
そしてさらに1000年後の今から約4000年前になると、神奈川県中心に『筒形土偶』が作られるようになります。
やがて彼女らの頭や顔の造形は個性を増し、手足も付けられました。
天に向かって叫んでいるような顔は健在です。
今から約3000年前の縄文時代の終末期には、神奈川県で『ミミズク土偶』が見られました。
主に東関東中心に作られたミミズク土偶がここ南関東で見られるのは、人々の往来が盛んになったことを表しているようです。
そして縄文時代が終わり、弥生時代になると土偶は殆ど作られなくなりました。
そんな中で出現したのが『容器型土偶』です。
頭が入れ物になっていて、亡くなった子どもの骨を入れたと考えられているものです。
このほかにも数々の個性的な土偶や動物の土製品、岩偶、人面把手、耳飾りなどなど、全119点の展示品は見ごたえ充分!!
土偶を通して、今とは違う縄文時代の文化の交流や社会があったが分かります。でも、どうして厚木には土偶が少ないのか?は、謎のままですが…。
それはそうとたくさんの土偶たちが待っていますので、お近くの方は是非、会いに行ってください~!
最後までお読みくださり有難うございました。
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