菜箸
自分の知らないところで、ばい菌はすでに体内に入り込んでいた。
祖母は16時半くらいから料理の用意を始める。18時前には風呂に入り、晩酌をし始める父のため。
酒に酔うと癇癪を起す祖父を反面教師に、父は空瓶に一定量の酒を注いでそれをちびちび飲むのが習慣になっていた。
祖母が料理を始めると、私は気になって仕方がなかった。
ジュウジュウと何かが油と一緒に踊る音、グツグツと何かが煮崩れる音。
どのタイミングで何を切るのか、どのようにしてそれを何で混ぜるのか、どのくらい前に洗った鍋でどの箸を使って味見をどのように、何回するのか。
どのくらい洗剤をつけてどのようにして皿や箸を洗うのか、洗ったあとはどのように乾かすのか。
私は当時中学生で、祖母が不在のときだけは当たり前のように料理の用意をするよう言われていたが、自分で食べる料理を毎日定期的に作るほど、達観してはいなかった。
ある時私は見た。
箸類やお玉などが集まっている筒から、私専用の箸が取り出された。
取り出されて今炒めている鍋の中の何かを箸を使って混ぜた。
そして、その箸を使って祖母が直接口をつけて味見をした。
そして、その箸で再び鍋の中の何かを混ぜた。
なぜ、菜箸を使わないのか。
なぜ、私の箸をわざわざ使うのか。
なぜ、口をつけるのか。
私はとっさに祖母から自分の箸を取り上げて、真っ二つに割って捨てた。
「なにするのよ、おばあちゃん、あなたのお夕食つくっているのよ・・・」
流しの中を見ると、いくつかあるはずの菜箸が洗われぬまま、放置してあった。
私はこの工程で何本も箸を割って捨てた。何回かすると、父に知れ渡ることになり、私の箸は割りばしになった。だが私はこれによってとても安堵した。誰も使っていないことが一目瞭然だし、なにより、口につける部分が袋にはいっているから。
今、思う。
思い返してみても、気持ちが悪い。