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【書評】官邸vs携帯大手 値下げを巡る1000日戦争

<本の概要>

日経新聞の報道部で通信分野を担当していた記者によって書かれた著書。舞台背景は楽天が携帯事業への参入を示した2017年12月から、菅首相が誕生した2020年9月までの約1000日間。「4割下げる」発言を筆頭に圧をかける官邸と、それに対抗する大手各社の間で行われてきた攻防を、時系列に沿ってわかりやすく説明。日本の通信業界における構造的な問題を記者という立場から提起している。

<この本を読んだきっかけ>

前回の投稿から引き続き中田敦彦のYoutube大学から影響を受けて。15年以上「脳死状態」でキャリアと契約してきた私にとっては、その選択を考え直すという意味でも一回情報を学んでおこうということで本書を手にとった。

<本書を読んでの感想>

①官邸の理不尽さ

一人の消費者としては月々の携帯代が安くなるに越したことはないので、強引にでも料金を下げようとしている官邸の動きは傍から見ればありがたいことである。しかり本書を通してその裏側を知った私が真っ先に感じたのは、官邸の理不尽さだ。

顕著なのは2019年に起こった、違約金および端末値引額の上限設定を決める際のやりとりだ。当時、解約時の違約金は3キャリア横並びで9500円、端末の割引上限額は特段なしという状態だった。高すぎる違約金設定と、度を越した端末割引サービスが市場を歪ませているとして、国からメスを入れられることになった。

本書によると、事前に水面下で総務省とキャリア3社の間では調整が行われており、落とし所を探っていたようだ。その際にキャリア側が提示した条件案は(厳密には各社によって若干異なるが)違約金上限を5,000円程度、端末割引額の上限は30,000円程度にするというものだった。詳細まで記載すると長くなるので省かせていただくが、上記の金額はユーザーの継続率や1ユーザーあたりの利益率などを勘案した上で計算を行い、明確な根拠をもとに算出した数字である。

しかし、総務省から報告を受けた官邸が激怒。「この際もっと徹底的に下げろ」ということで、違約金上限は1,000円、本体代割引額の上限は20,000円という案がトップダウンで降りてくることになり、結局本案が採用されることになった。

恐ろしいのは本案の「1,000円/20,000円」に関して論理的な根拠が不明確なこと。ビジネスの世界でそのような感覚的な提案が通ることはまずないだろう。もっと安い料金が妥当だというのであればその根拠を示すべきであるし、少なくともキャリア側の提案に対して何が悪いのかを明確にするべきだろう。上層部の言うことは絶対だというトップダウン案にはどうしても納得できない部分を感じた。

②NTTという会社の立ち位置について

2018年8月に菅官房長官(現総理)が「携帯電話料金は4割引き下げる余地がある」と発言。その際、真っ先に動いたのはドコモで、実際に料金を2割〜4割ほど下げたプランを発表した。また、出版後の話になるので本書では触れられていないが、20GBを月額2,980円(税別)で提供する料金プラン「ahamo(アハモ)」を発表し、業界を激震させたことも記憶に新しい。

NTT傘下ということで最も保守的に思える会社が真っ先に動くのは意外だなと感じた。本書では2018年にNTTグループのトップに就任した澤田氏を「破壊者」と表現し、その影響によってグループが大きく変わりつつあることが指摘されている。

個人的にNTT自体が革命を起こそうとしているというより、「以前にまして国へ付帯するようになっただけでは?」という疑問が拭えないのだが、キャリア各社のスタンスの違いについて知ることが出来たという点でも非常に興味深い本だったと思う。

③現状維持に満足してしまう国民性の問題

国内の携帯代が高止まりしている最大の要因として3社寡占の問題があることは今更語るまでもないことだ。競争が停滞していて適切な市場ではないといことで官邸からも攻撃の的にされている。だが、実際には格安Simという「第4の選択肢」はだいぶ前から存在している。キャリアメールが使えない/実店舗での相談がしにくい/通信速度が遅くなるなどのデメリットは多少あるが、格安Simを契約すれば大幅に料金を下げた上で不自由なくスマホを利用できる。

私は個人的にここ数年、キャリアメールはほぼ使ってないし、購入時以外で携帯ショップに行った記憶もない。他社でポケットwifiを契約しているので、キャリアでの通信ができなくてもあまり困らない。はっきり言って格安Simを使うことのデメリットはないに等しかったのだが、「なんとなく使いにくそう」「切り替えが面倒くさい」というだけの理由で大手キャリアとの契約を継続していた。恥ずかしい話だが同じような人はたくさんいると思う。

日本の携帯市場は寡占状態にあると言われているが、他社を選択する余地が十分にあるという意味で完全に独占されているわけではない。本当の問題は囲い込みをする大手キャリアではなく、現状維持で甘んじて行動を起こさない(私自身も含めた)国民の側にもあるのかなと本書を通じて痛感した。「通信費が家計を圧迫している。携帯はもはや国民のインフラなのだから料金をもっと安くすべき」というのが官邸側の主張だが、安くする方法があるのにそれを選択しないのは国民側の問題でもある。

「ahamo」や「SoftBank on LINE」等のプランが出てきたことにより、携帯料金を4割引き下げるという菅総理の目論見は達成するかと思われる。当然ユーザーである国民にとっても恩恵はある。しかし、目先の料金に一喜一憂するのではなく、あまりにも受け身過ぎる現状のあり方に疑問を覚え、自ら率先して情報を手に入れる姿勢を醸成しないと未来は本当に危ない。それこそが、本書を通じて最も感じたことだ。

<読書後のto do>

格安Simおよび、キャリアが提供する新プランの詳細についてを徹底的に調べる。その上で自分にとって最適なプランへと契約内容を見直す。














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