【ぶんがQ】『オリバー・ツイスト』に『特捜部Q 知りすぎたマルコ』との共通点を見る
『特捜部Q 知りすぎたマルコ』(以下『マルコ』)は、2012年に出版された特捜部Qシリーズ第5弾の作品である。(なお邦訳版が出たのは2014年)
本作は出版当時、イギリスの文豪ディケンズが書いた『オリバー・ツイスト』と比較するレビューが複数書かれた。
なお私も初めて読んだ時「うわぁ似ている、これって大発見?」と思いネットを検索したら、10年以上前に同じことを考えていた人が複数いて、己の浅はかさを再認識した次第である。
それはさておき。作者のユッシ・エーズラ・オールスン(以下オールスン)氏自身は、『マルコ』と『オリバー・ツイスト』を比較されて「オーノー!」と思ったとか。
詳細は最後に記すが、ここでは
オールスンはオリバー・ツイストをモデルにマルコの話を書いたわけではないけれど、"図らずも" 似てしまった部分
をピックアップしてみたい。
類似点6つ
1.大都会が舞台
『マルコ』はデンマークの首都コペンハーゲン、『オリバー・ツイスト』はイギリスの首都ロンドンが舞台である。
2.利発で真面目な少年が主人公
マルコもオリバーも(言い忘れたが『オリバー・ツイスト』は主人公の名前がそのままタイトルになっている)、恵まれない境遇ではあるが地頭が良く、汚い大人に屈せずたくましく生きる少年である。
3.スリのグループに属している
2人とも、大都会の中で盗みを働きながらその日暮らしをしている。
4.グループのボスが人種マイノリティである
マルコのグループ(作中では一族と呼ばれる)全体が、ロマと呼ばれる移動型民族。
対するオリバーがいるスリグループのボスはユダヤ人である。
5.スリグループとは別に、弱者支援の為の金をちょろまかす奴らがいる
6.首から下げるキーアイテムがある
共通するジャーナリズム
では、(図らずも)このような共通点が生まれたのは何故なのか。
その疑問を解くカギは、作者たちの経歴にある。
『マルコ』が出版された2012年当時 オールスンは62歳だったが、それ以前に編集や記者の仕事に携わった経験がある。
他方『オリバー・ツイスト』はディケンズ25歳の年(1837年)に連載が開始された作品であるが、彼もまた編集および記者の仕事の経験があった。
要するに、両者とも世の中の出来事を敏感に察知し、発信することを生業としていたのだ。
◇
また、彼らのジャーナリズムに根ざした2作品のテーマにも注目したい。
オールスンは『マルコ』その他特捜部Qシリーズのテーマを”あらゆる権力の濫用” だと語る。
『オリバー・ツイスト』のテーマはと言うと「新救貧法」という 当時イギリスで施行された 貧困者を不当に扱う法律の糾弾である。
つまり二人とも弱者を虐げる権力を小説に描き、その問題点を読者に投げかけた形だ。
だからこそ、「少年」「人種マイノリティ」といったモチーフが共通してくるのだろう。
『オリバー・ツイスト』にも見える既視感
ここまで『マルコ』がいかに『オリバー・ツイスト』との共通点を持ち合わせているかを見てきたが、実は『オリバー・ツイスト』にも過去の文学作品を思い起こさせる部分がある。
例えば殺人を犯した登場人物が"どんな染みでも─たとえ血の染みでも落とせる石けん"に過剰な反応を示すくだり。
ここはシェイクスピア作品『マクベス』の中で、マクベス夫人が殺人を犯した際 手についた血の臭いを洗い流そうと、必死で手を洗うシーンを想起させる。
またディケンズ本人も、時代遅れな騎士道を諷刺した『ドン・キホーテ』を引き合いに出し、これと同様、現実世界のあるがままを『オリバー・ツイスト』の中で描こうと試みたと語っている。
おわりに
こうして見ると、結局 人間の感情や社会に潜む問題に古今東西大きな違いはなく、フィクションにおいて類似点が出てくるのは必然ではないだろうか。
だからオールスンも気にすんなよ~と言いたい所だが(何様)、彼は何故『マルコ』と『オリバー・ツイスト』を比較されてオーノー!だったのか。
実は彼、『オリバー・ツイスト』が物語の中で1番好きなのだそう。
だからこそ、知らず知らずのうちにインスピレーションを受け似たような話を書いてしまったのがショックだったようだ。
そのため今は他の犯罪小説を読まないようにしているらしい。
とは言え本来は読書好きのようで、ディケンズ以外にも影響を受けた作家として スタインベックやユゴーを挙げている。
ぜひとも今後、これらの作家の作品にも特捜部Qの原点を探してみたい。
参考
見出し画像: Picryl
No known copyright restrictions
・ark.no
《 Danmarks bestselgende krimkonge er tilbake! 》
本記事を書くにあたって読んだオリバー・ツイストは、光文社古典新訳文庫のものです。