20240831 何回説明しても伝わらないは、なぜ起こるのか? 今井むつみ
間違っているのは、「言い方」ではなく、そもそもの「心の読み方」
コミュニケーションを練習し、失敗し、反省する、そしてコミュニケーションする
私たちは話せばわかり合えるものなのでしょうか?
何かが伝わらない場合、問題は説明の仕方や表現の仕方の問題であって、それを改善すれば伝わる様になるのでしょうか?
人は誰もが異なるフィルター、つまりスキーマを(無自覚に)持っており、それをベースにしてしかコミュニケーションは取れない、という事実を理解すること
達人は反省する。反省の姿勢こそ、盗むべき第一のもの
私達人間は、相手の話した内容をそのまま脳にインプットするわけではない
知識の枠組みも違えば、思考の枠組みも異なる
英語では、同じ着るでも、状態と動作ははっきりと区別され、幼い子供でも間違えることはありません
日本語では、状態と動作の区別がありません
頭に入った記憶の内容も、想像や偽りと事実を分けることができない
伝えたつもりで、相手も理解したつもりなのに、伝わっていない、分かり合えていないとき
理解しながら記憶しようとするとき、その理解の仕方につられて、実際になかったものを誤答する確率が高くなる
コロナの政府見解、対策がない問題点を指摘しても市民が不安になるだけなので…と慎重にならざるを得ない
視点が違う状態でただ同じ議論を繰り返しても…
それぞれが、どんな視点でその意見を言っているのかを考え、聞き取り、それぞれの懸念を払しょくしていくこと
神聖な価値観=どのように行動すべきかの価値観=物事を過度に単純化するためのツール
「この町のやり方」がある場合、プライバシーや別の地域の価値観とのすり合わせなどの、面倒な議論を避けることができる
最初に求められるのは、聞く姿勢
詐欺:簡単に理解できる言葉で、流暢に語られる場合、人は信じやすくなる
報連相の問題、なぜ報連相が必要なのかを理解していない場合、
上司は往々にして、しなければならないことだけを部下に伝えます
選択や意思決定の多くの場合、人は、最初感情で、端的に言えば、「好きか嫌いか」で物事を判断し、その後、「論理的な理由」を後付けしているに過ぎない
合理的に判断できるだけのデータが集まるまで、判断できないというのは、究極の非合理
話自体の抽象度があがると、具体と抽象の正しい紐づけは途端に困難なものとなります
仕事は段取り八分、その中に相手が含まれていることを覚えておくこと