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不登校がギフトになる人の共通点
こんにちは。USP教育研究所の早野です。
思えばここ10年ほどで多くの不登校家庭を見てきました。
「不登校が大きな学びになりました」
「不登校でかえって豊かな人生になった気がします」
という親御さんの声を多く聞いてきました。
私自身も「不登校はピンチの顔をしたチャンス」
という本を出しています。
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さて、不登校がギフトになるとはどういうことでしょうか?
これは実は心理学的に説明がつく話。
偶然なことでは無いのです。
特別なことでも無い。
そうなる必然性がある。
心理学的には。
このことは実際に多くのご家庭で実証されています。
そのことを今回は解説したいと思います。
ユング心理学に「人生の正午」という概念があります。
現代人は寿命が70歳から100歳くらいなので、
その半分のアラフォー、アラフィフあたりでしょうか。
そのあたりの年齢が人生の正午。
さて、その年代には人生の危機が起きる
とユング博士は言っています。
不登校もその1つかもしれませんね。
ちなみにユング博士も不登校でした。
ユングはフロイト、アドラーと並ぶ心理学の巨匠。
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さて、人生の正午を乗り越えると
後半生をより深く味わい、心から楽しめる人生を送ることができる。
そうユング博士は言ってもいます。
「もうこんなのは嫌だ」
「消えてしまいたい」
「苦しすぎる」
「この世の全てが憎い」
そんな日々を乗り越えると
より豊かで幸せな日々になったりするわけです。
私の「不登校はピンチの顔をしたチャンス」は
そんな内容ですし、
多くの親御さんが似たようなことをおっしゃるのは先述の通り。
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さて、人生の正午の危機を乗り越えるにはどうしたらいいのでしょうか?
それに関してもユング博士は言葉を残しています。
シャドウ(影)を統合せよと。
シャドウとは我々の価値観の抑圧されている部分です。
たとえば、品行方正な学校の先生は
下記のような価値観を抑圧している可能性があります。
遊びたい、さぼりたい、ゲームしたい。
騒ぎたい、楽しくしたい
などなど。
その影の部分をお子さんが実演していたりするのかもしれません。
夜中にオンラインゲームで騒いだりして。
そして品行方正な先生が影の部分を統合すると
不真面目な生徒の気持ちがわかったり、
より楽しい授業にしたりが出来るようになります。
不登校前よりもパワーアップした先生になれるわけです。
これはその先生からしたらギフトに思えるかもしれません。
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また、「強くなければならない」という剛腕社長は
下記のような価値観を抑圧している可能性があります。
負けたら終わりだ、弱音をはいたらだめだ
弱い自分を見せたらダメだ、ぶっちゃけしんどいな
などなど。
その影の部分をお子さんが実演していたりするかもしれません。
ベッドから全然出てこないなどして。
その剛腕社長がシャドウを統合すると
弱音を吐いて周りの社員が奮起するかもしれません
頼りない2代目に仕事を任せて後継者が急成長するかもしれません。
会社としてより強くなり、存続可能性が高まるわけです。
これは見方によってはギフトと言えるかもしれません。
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シャドウを統合する。
言うのは簡単ですが実行するにはどうしたらいいのか?
それには価値観を見直して
自分の中の様々な本音を見つめていく必要があります。
「遊びたいんだな~」
「ぶっちゃけしんどいんだな~」と。
ひとつひとつ。
これは簡単な作業ではないですが
やり遂げると日々の感じ方が変わってきます。
不登校をギフトととらえている方には
こうした作業をコツコツとやられた方が多くいます。
不登校がギフトとなるのは
理論的にも実際的にもある種の必然と言えるでしょう。
ではまたお会いいたしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。