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バーティカルSaaSの進化とその先にあるもの

気になったフィンテックニュースをXで配信しているのですが、毎週ニュースを追いかけていく中で、バーティカルSaaSが次のフェーズに向かい始めていることを感じています。そしてその行きつく先にあるのが、最近時折目にするテクノロジーをテコに単一業界をロールアップするビジネスモデルなのではないかと考えていたりします。

そんな中、、発見したのがこちらのブログ。かなり自分が考えていることと近かったので、こちらを参考にしつつ、改めて自分の考えをまとめてみたいと思います。

ホリゾンタルSaaSの成熟

バーティカルSaaSを語るうえでは、その前に登場したホリゾンタルSaaSについて触れなくてはなりません。

SaaSというビジネスモデルは、2000年後半のアメリカで登場しましたが、これは会計システム(例:Quickbooks)やHRシステム(例:Workday)といった、幅広い業界で共通するホリゾンタルな業務から始まりました。

なぜホリゾンタルSaaSから登場したのでしょうか。その理由は単純で、特定の業界に特化してしまうと、顧客数が限られTAMが小さくなり、ビジネスとして成立しづらいためです。特に中小企業のデジタル化が進んでいない時代は、現実的に期待できる普及率が低かったため、幅広い業種をターゲットにせざるを得なかったのです。

例えば、以下のような計算式でTAMを見積もることができます。

・企業数:400万社(中小企業全体)
・最大想定利用率:5%(低め)
・アカウント単価:月1,000円(年12,000円)
・1社あたり平均アカウント数:50
⇒TAM = 400万社 × 5% × 12,000円 × 50 ≈ 1,200億円

しかし、徐々に成功事例が出てくると、あらゆるホリゾンタルな業務はSaaS化されていきました。その結果、ホワイトスペースはなくなり、競争は激しくなり、顧客獲得のマーケティング/営業コストは飛躍的に上昇。黎明期と比べ、高い収益性を実現することが難しくなっていきました。そのような中で登場したのがバーティカルSaaSです。

バーティカルSaaS 1.0:特定市場への特化

ホリゾンタルSaaSが幅広い業界に適用可能な汎用的なソリューションを提供するのに対し、バーティカルSaaSは特定の業界の固有のニーズに特化したソリューションを提供するものです。

ホリゾンタルSaaSが普及したことで、中小企業でも様々な業務システムを導入し効率化していくという文化が根付きました。その結果、中小企業の業務システムの利用率が上昇。また、企業がソフトウェアによって効率化される効果を評価できるようになり、現状の課題を解決してくれるのであれば、より高額な単価でも許容されるようになりました。

こうした背景を踏まえて、バーティカルSaaSのTAMを考えてみましょう。ホリゾンタルSaaSと比較して、対象企業は少ない一方、時代と共に最大利用率はより高い水準を想定することができ、アカウント単価もより高い金額を設定することができます。

・企業数:20万社(特定業界のため少ない)
・最大想定利用率:30%(時代とともに上昇)
・アカウント単価:月3,000円(年36,000円)
・1社あたり平均アカウント数:50
⇒TAM = 20万社 × 30% × 36,000円 × 50 ≈ 1,080億円

このような背景から、特定の業界に特化してもビジネスが成立しうる素地ができたことで、レストラン業界向け(例:Toast)といった業界の大きい分野からバーティカルSaaSは立ち上がっていきました。

バーティカルSaaS 2.0:アカウント課金の壁を超える

しかし、バーティカルSaaSも、ホリゾンタルSaaS同様に無尽蔵に有望なマーケットがあるわけではありません。バーティカルSaaSのビジネスモデルが流行すると、徐々に潜在顧客数の多い業界は取りつくされ、より顧客数が少ない業界向けのSaaSが誕生していくようになってきました。

対象となる業界の企業数が少ないと、アカウント数をベースにした課金では、顧客数で早晩売上に天井が見えてしまいます。そのため、アカウント数以外の要素で課金できる方法が模索されるようになりました。

そこで登場したのが、Embedded Finance(組込型金融)です。主にソフトウェアに決済機能を組み込み、決済手数料で収益をあげるビジネスモデルです。これであれば顧客数が変わらなくても、既存顧客の取引額の成長に応じて自社の売上も伸ばすことが可能になります。

例:Shopify

このビジネスモデルを最初に発見したのは、EC業界向けSaaSのShopifyだと言われています。Shopifyは簡単に自社ECサイトを構築、運営することができるシステムを提供していますが、そのECサイトから消費者が商品を購入する際にクレカ決済を可能にする決済機能も提供しています。これが利用されるたびに、Shopifyは決済手数料を受け取ることができます。Shoifyはこの決済手数料によってビジネスを急成長させることに成功し、今では決済手数料等による売上高が約70%を占めるに至っています。

Shopify以外にも、アメリカでは、コインランドリー業界向けSaaSのCentsや法律事務所向けSaaSのClioといったよりニッチな業界向けのプレイヤーもこのモデルを採用しています。

日本でも、ECプラットフォームを運営するBASEが同様の取り組みで近年急速に成長しています。BASEはeコマースプラットフォームに「PAY.JP」という決済機能を組み込んでいます。同社のPAY.JPビジネスの売上高は、3年前までは全体の10%程度にとどまっていましたが、直近では30%をこえる水準にまで大きく拡大しており、BASEの成長を牽引する事業となっています。

出所:BASE 2024年12月期第2四半期 決算説明資料

しかし、この方法は金融サービスが提供できる機会を伴わないといけないため、あらゆる業界で適用できるわけではないこと、適用できたとしても業界の企業数と平均売上高(または粗利)でTAMが決まってしまうため、よりニッチな業界を狙うバーティカルSaaSにとっては、どこかで限界が見えてしまうという問題が再び生じました。

バーティカルSaaS 3.0:成長支援サービスのバンドリング

そこで、近年登場しつつある新たな戦略が、対象業界のTAM自体(業界の企業数/平均売上高/平均利益)を広げるべく様々な支援をセットで提供するというものです。

上記のように書くとわかりにくいのですが、戦略としてはシンプルです。業界のTAMを伸ばすためには、企業数を増やせばよいのです。例えばパーソナルジム業界であれば、トレーナーが開業する際にボトルネックとなるものとして、スタッフの採用があります。この課題に対してトレーナー育成サービスもセットで提供することで、スタッフ採用のハードルを下げ、ひいては開業のハードルを下げることができます。するとおのずとパーソナルジムの数は増え、TAMが大きくなるという考え方です。

実はこれ自体は珍しいものではなく、ホリゾンタルSaaSでも見られた戦略です。例えば決済系スタートアップで有名なStripeは、Atlasという法人設立支援サービスを提供しているのと似ています。

なお、参照した記事では、この支援のアプローチとして3つのパターンがあると書かれていました。

① 開業の障壁を取り除く
・潜在顧客企業数を増やすために開業のボトルネックと取り除こうとするもの
・ライセンスが必要な業界でライセンス取得支援サービスを提供したり、需要過多な業界で供給側の従業員トレーニングサービスを提供
・例:ペットケア業界向けシステムのMeoGoは、開業に関するビジネスコンサルティングサービスも提供

② 分散した需要を集約する
・エンドユーザー向けのサービスを作り、集客支援を行うもの
・集客用のサービス運営から、コンバージョン率向上支援ツールやマーケティング支援ツールを提供
・例①:フィットネススタジオ管理システムのMindbodyは、エンドユーザー向けの総合的なクラス検索ウェブサイトを運営
・例②:Shopifyは、ShopAppでエンドユーザー向けのお得な情報や配送追跡機能を提供

③ 規模の経済を実現する
・「規模の経済」が効くものを、プラットフォーマーとして取りまとめて、その便益を中小企業でも享受できるように支援するもの
・材料・商品調達をまとめて引き受けディスカウントを獲得したり、リッチな付帯サービスをまとめて提供
・例:ランドリービジネス管理システムのCentsは「pickup & delivery」機能を提供

こうしたサービスを通じて、対象企業数自体を増やしたり、売上高の拡大に貢献したり、コストの削減に寄与することで、ソフトウェア企業自身の売上高を伸ばすことを目指す事例が増えてきています。

さらなる進化:グロースバイアウト

さらにこの傾向が進んでいくと、、企業にソフトウェアやサービスを販売するのではなく、実際に運営している事業会社を買収して自社のソフトウエアやサービス/ノウハウを導入させるという、新しい戦略を考えることができます。

これが最近注目を集めている「グロースバイアウト」と呼ばれるビジネスモデルで、特定の市場で優位性をもたらすバーティカルSaaSを構築した上で、運営会社を買収しそのプロダクトを会社に適用してグロースさせるプライベート・エクイティファンドのようなものです。

「プライベート・エクイティファンドのようなもの」と書いているのには意図があり、PEファンドとは似て非なるものだと考えています。

1つ目は、「資本が先か、プロダクトが先か」という点です。
PEファンドは事業体があるわけではないのでまず資本による買収から入り、買収した会社の中で業務改善をしていきます。これに対してグロースバイアウトは先に優位性のあるソフトウエアを開発したうえで、それを適用できる会社を探すという順番になります。

2つ目は、「売却が前提か、持ち切りが前提か」という点です。
PEファンドの場合はファンドである以上売却することでキャピタルゲインを得ることを主目的とします。一方、グロースバイアウトは一つの企業体として継続し続けることを目指していきます。

3つ目は、「大型買収からか、小型買収からか」という点です。
PEファンドがよく行うロールアップ戦略で言うと、業界大手を買収したうえで、その会社を核として業界下位の小さい企業を数多く買収していくという順番になります。グロースバイアウトの場合は、まず小さい会社でソフトウェアの有効性の検証と改善を行った上で、どんどん大きな会社を買収しスケールアップを図っていきます。

※このあたりはこちらのスライドが参考になるので是非。

例:駐車場業界特化のMetropolis

代表的な事例としては、駐車場ソフトウェアプロバイダーのMetropolisが挙げられます。
2017年に設立されたMetropolisは既存の駐車場にコンピュータビジョンシステムを導入し、顧客がクレジットカードや現金で支払ったりすることなく、ドライブアウト後にレシートをメールで送信するサービスを提供するテクノロジー企業です。2021年にPremier Parkingと提携しシステム導入すると活用を加速させるため2022年に同社を買収し、600施設を管理するオペレーターになりました。そして2023年には3,300以上の駐車場施設を管理するSP Plusを17億ドルで買収し、管理施設数をおよそ6倍に拡大。買収を通じて、速やかに同社のインフラを全施設に導入することで、収益を一気に高めることを狙っています。

ここまで大きくはないものの、例えば、「プール清掃」というニッチな領域でサービスを手掛けるSplashという会社も同様の戦略を取っています。プール清掃領域だとSaaSのみでは絶対にビジネスにならない規模だと思いますが、買収まで手掛けていくことで初めてVCから資金提供を受けてもビジネスとして成立させることができるのだと思われます。

それ以外にも、Tidemarkのブログでは、以下のような事例が紹介されています。
・Pipedreams:配管およびHVACビジネス(36百万ドル調達)
・Roofer:屋根検査ビジネス(7.5百万ドル調達)
・Sunday Carwash:洗車ビジネス(6百万ドル調達)
・Commons Clinic:整形外科手術ビジネス(33百万ドル調達)

日本で言うと、テクノロジーの文脈は少ないですが、GENDAがやっていることが近いのではないでしょうか。GENDAは、エンターテイメント業界に絞って、M&Aを通じた非連続的な成長を実現していますが、その根幹には①経験豊富な経営力、②ファイナンス力と並んで、③テクノロジーを掲げており、実際この業界では珍しく社内にエンジニアをそれなりの人数抱えており、業務アプリケーションを内製で構築しています。

株式会社GENDA「事業計画及び成長可能性に関する事項」(2024年3月11日)

B2Bソフトウェアの未来

SaaSというビジネスモデルが産まれて20年。あらゆる産業へソフトウェアが導入されてきた結果、競争は激しくなり、マージンは圧縮し、純粋なソフトウェアプレイでは高収益を上げつづけることが難しくなってきています。

そんな中で、「グロースバイアウトテックを中核としたロールアップ戦略)」は、B2Bソフトウェア業界において間違いなく注目に値するビジネスモデルとなっていくでしょう。金融業界にいた人間としては、B2Bソフトウェアの未来が金融ビジネスなのかもしれないというのはちょっとワクワクする部分もあります。このビジネスモデルは必ず日本でも事例が出てくると思いますので、これから注目していきたいと思います。

Xではフィンテックを中心に色々なことをつぶやいております。バーティカルSaaSについても勉強しているので、こんな記事もあったとか、こんな事例があるとかありましたら、是非シェアいただけると嬉しいです!


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