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内省のスペース

改めて文字にすると、スペースってめちゃくちゃ気持ちがいい言葉な気がする、なんか、なんかってワンテンポ後ろに下がって、息継ぎもせずに話をしよう、なんかって助走だったんだってあたしは思う

東京

21歳の5月、生まれて初めて東京へ赴いた。
5月早々、BADモードのわたしを見かねてか友人が誘い出してくれた。あなたから、何のよう?と聞かれれば、必要とされていない安堵と不安で泣いてしまいそうだった。納期も仕事もあなたのことも、頭から離れないまま、あたしは機内モードになってしまって、ただ目を閉じてスリープ……内省のスペースは1席

羽田空港についた。だだっ広くて、建物自体が息をしているのかと思うぐらい活気がある。あたしはこいつに飲み込まれてしまったのか。友人が雨が降る中迎えに来てくれて、その背中を追いかけながら、よそ見をしていた。東京のどんよりした空と、同じ色のビル群。あたしが今誰かの傘の中にいること。


友達のお姉ちゃんの犬とかいう絶妙な距離感の生き物があたしの目の前に現れた。それはとんでもない愛くるしさで、この犬を、この世で一番人をやさしく、しあわせにするものと定義づけたくなるほどだった。とても坦々とした気持ちで、あたしは犬の背に手を伸ばした。ラインに沿う。尊重と、恐れと、愛おしさ。わたしはその全てを、知った生き物に捧げながら生きる。

音飛びしたみたいに、その日の日が落ちて、
福岡から上京した友人に、初めて東京で再会した。
この街で生きる君は、勇敢で、君が何も犠牲にせずにいてくれたらと願うばかりだった。

全身夜の色をした服なのに誰より眩しい君だ。
友達ってなんだっけ、そんな風に考え込むと、いつもあたしの頭の中でまっすぐな目の君が呼応する。落ち着け、すぐ戻ってくるよ。いつも笑いながら、軽口みたいにくれた言葉が錘みたいに存在する。こんな友達が何人もいたら、壊れてしまいそうなくらい、君が大切。

解散していまは湯船にいる。
透明になったわたしが見えたらいいのにな。
鼓動のテンポで水音がした。血が巡る。このまま溢れていかないように、栓をするみたく膝を抱えた。

七尾旅人のサーカスナイトを聞いている。
わたしも今日を生き延びたはずなのに、なんだか痛みがする。戻らない今日のことを、痛みだと思うのは考えすぎなんだろうか。

もう昼が来た。アラームが鳴らない朝がいちばんの幸せかもしれない。
目が覚めて夜は野菜が食べたいねとだけ話した。

1人で散歩しながら文章を書いた。納期は今週末。
こんなに人がいるのに、誰1人私を知らない。
それはすごく気持ちが良くて、東京のことを、少し気に入った。わたしは何でもあること、できることを、別に特別だとは思わない。
あたたかいコーヒーを片手にすると、あたしは利き手で文字が打てなくなって、焦ったくてカップを唇に挟んだ。自分の話を書く時はコーヒーがいい。
ちいさな革命に、鼻先がまず触れる。


東京で、行ってみたかった本屋を探した。
ずっと欲しかった「手の倫理」を見つけて、あと2冊。結局あたしは他にもいろいろ手に持っていて、全財産を使い果たすところだった。何時間でもここにいられたけれどわたしがすきな映画のTシャツを、しれっと買った友人を待たせてしまっていたのに気づいて、本当の誘惑を前に、店を後にした。

映画、本の話をした。友人が、芸術に興味がないことも一つも知らずにあたしが芸大をやめた話を再上演していた。申し訳なさと、そのくらいしかあたしには話せることがないことに気づいて、たった21年の人生じゃ、なんだか物足りなくなったって拗ねたくなった。福岡に帰ったら、今日買った本をはやく読み終えて、もう少し話すことのある大人になりたい。

今度の夜は友人が増えて、3人でお酒を飲んだ。
今の私たちは変な形だ。目は6個ある。
考え方がバラバラなので、私たちが意見をまとめなくちゃいけない集団じゃなくて良かったと心から思った。明日の朝にはまた飛行機に乗る。
そしたらわたしを待っている仕事も家もある。

淡々と周囲の明かりが消えても、なんだか退廃的な気持ちになって、1時間も眠れなかった。

大人だから、ちゃんと帰らないと、
今の仕事が好きだし今日までの3日間の話もしないといけない。
変にドキドキした、帰らなくちゃって。朝はとびきり冷えていて、服を脱ぐのすら億劫だったけど。

やらなくちゃいけないことを堰き止めて、あたしは東京にいた。思ったより普通の街で、なんなら好きになれそうな場所だった。Googleマップは遺憾無く力を発揮して、あたしをまた空港へと送り出す。


頼むから帰ったら話をしなくちゃ。
昨日と一昨日のこと。
わたしは帰る場所が欲しくてたまらないこと。
でもそれに関してはなんの自信もないこと。

体が不安そうに揺れる、言葉が喉に詰まる。
書いて残したい痛みと日々死へと向かう私。

内省の、スペースは、宇宙の方。
飛行機は部屋から部屋へ、あたしを運んでいく。

あの本屋で買ったあと2冊の本は、
細野晴臣の「アンビエント・ドライヴァー」
飯村大樹の「サッド・バケーション」だった。

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