余命10分

2022年7月28日。母が<余命>を宣告された。母が生きているこのあいだ、日々感じるありのままの想いを、祈るように、どこかに記録しようと思った。これは毎日<10分>だけ綴る、日記のような手紙のようなもの。ずっと続けばいい。

余命10分

2022年7月28日。母が<余命>を宣告された。母が生きているこのあいだ、日々感じるありのままの想いを、祈るように、どこかに記録しようと思った。これは毎日<10分>だけ綴る、日記のような手紙のようなもの。ずっと続けばいい。

最近の記事

  • 固定された記事

【 はじまりの日記 】 2022年8月1日 — 散歩をしていたら行き止まりだった時の感覚に似ている。

今日から8月。暑い。テレビでは熱中症に対する注意喚起の放送。前から気になっていたタイ料理屋でグリーンカレーを食べてから部屋に戻って、書いてる。先週、母が余命宣告を受けた。体調が悪いから検査をしたとは聞いていたけれど、死ぬとは思っていなかったから、突然だった。電話で病状や今後の予定を聞きながら、不思議と涙も出ないし、悲しい気持ちにもならない。散歩をしていたら行き止まりだった時の感覚に似ている。「あぁ戻らないとなあ」と心の中で小さく囁く、そのくらいの感じ。戻れないけれど。 医者

    • 余命10分 / 2024年11月22日 — 誰かの経済活動に加担したくない。

      肉を積極的に食べなくなってからどのくらい経つのかな、体はいい方向に向かいはじめている気がする。疲れやすいとかはなくなった。あと、たまに食べる肉がめちゃくちゃおいしい。次の日の胃腸はしんどいけれど。自分の中で肉を食べてもいい時のルールができてきた。 今日もラーメン屋でバイトの子にチャーシュー抜きって伝えたら、そんなはずはないと言わんばかりに店長が駆け寄ってきて、メニューを再確認された。いやいや薄切りのチャーシューが人気の店なのはわかっているのよ。でもうまさよりも、疲れやもたれ

      • 余命10分 / 2024年10月24日 — 仕方がない。

        時々、なにがどう作用しているのかわからないけれど、手放しで信用できるひとが現れて、余計なひとことを残して去っていく。そのひとつに「仕方がない」という言葉がある。その人は決まって遠くを見て「仕方がない」とつぶやいて、目の前の酒を飲んだ。 「しかたがない」という6文字は、いっけん、ぼくの心を縛るような気がしたけれど、意に反してぼくの心は解放されたし、当時抱えていた鉛のような感情が泡沫のように飛んでいったのを覚えている。 決してあれは諦めではなかった。逃げなんかではもちろん、な

        • 余命10分 / 2024年10月18日 — 削除。

          いまだにしょっちゅうこの日記の1日目の日記を読む。そのたびに母はもういないんだと確認できるし、2年という時間の流れの速さに慄いている。 昨晩、父が突然、家族のグループ LINE から母を削除した。スーパームーンの夜に、母がいないことと向き合ったみたいだ。その結果が「グループから削除」っていうのもナンセンスな話だけれど、まぁ後退するよりはいいと思う。前を向いて欲しい。健やかにからだを労ってほしい。酒を飲んでもいいタバコを吸ってもいい、ただ、たくさん野菜を食べてほしい。きれいな

        • 固定された記事

        【 はじまりの日記 】 2022年8月1日 — 散歩をしていたら行き止まりだった時の感覚に似ている。

          余命10分 / 2024年10月9日 — 虎に翼。

          少しだけ仕事が落ち着いて、岡田くん登場あたりで滞っていた「虎に翼」をゆっくり進めはじめた。夫婦のかたちをはじめ、パートナーのありかたなどを鮮やかに描いていて見事だ。その反面、NHK がなかなか難しい課題に取り組んでいるなと少しだけ斜に構えて見ていたけれど、寅子の 「私はあの時、私がしてほしかったことをしているだけ」 という言葉にやられた。法律とかそういうのももちろん大事だけれど、いまぼくは、あの時、ぼくがしてほしかったことをするために生きている。 寅子ができないように、

          余命10分 / 2024年10月9日 — 虎に翼。

          余命10分 / 2024年9月21日 — やま。

          自分の仕事のこと、店のこと、自分らしくいること、など、いろいろ悩んでいる中、友人たちと山に行ってきた。前々からよく耳にしていた「燕岳」。北アルプスの女王と呼ばれる美しい山。 登山を始める2年前は、そんな有名な山に登れる気なんてしていなかったけれど、靴と服さえちゃんとしていれば、案外だれでも登れるものだ。 その美しさのあまり「表銀座」と呼ばれる稜線を歩いていると、いやなことをすべて忘れられた。月並みな言い方だけど、仕方がない。悩みなんて生きてゆくための荷物でしかない。置いて

          余命10分 / 2024年9月21日 — やま。

          余命10分 / 2024年9月13日 —

          最近、事務所の引越しや、取材、登山、旅行などで足腰を使うことが多く、腰痛に悩まされていたのだけれど、昨日たまたまネットで見つけて予約して行った整体がよかった。いろいろな方法のいろいろな施術を受けてきたけれど、いちばんからだが改善された気がした。相性もあるのかもしれない。ただし30分間ずっと全身に激痛。罰ゲームを受けてるかのような。 その先生は、すべての筋肉はつながっていて、実は患部とは別の場所で引っ張り合っていて、それがコリや炎症につながったりしているから、腰や肩を気長に揉

          余命10分 / 2024年9月13日 —

          余命10分 / 2024年9月12日 — 佐賀。

          1泊2日で久しぶりに佐賀へ。「さがごこち」というフォトガイドブックの編集長としてさいごに通っていたのが2019年なので約5年ぶり。コロナ禍での出版となったため、本を片手に佐賀を旅することができないまま数年が経った。いや、行こうと思えば行けたのだろうけれど、行かなかっただけかもしれない。 5年のあいだに、佐賀の駅前は栄えていた。その反面、例えば LCC の春秋空港は佐賀から直行便を撤退したり、閉業してしまったお店もあった。商店街に行くと「あの時と変わらない」というムードももち

          余命10分 / 2024年9月12日 — 佐賀。

          余命10分 / 2024年9月3日 — 肉。

          肉を意識して食べなくなってから3ヶ月。体重はコロナ太りする前の数字に戻って、少しずつむくみが取れてきた。ダイエットのためではないのだけれど「痩せた?」と言われることが増えた。ただ、外見どうこうよりも個人的には胃腸が常に軽いのがうれしい。むくみも減った。お酒のむくみだと思っていたけれど、肉のむくみだったようだ。ブロッコリー、アボカド、ナッツを積極的に食べるようになって最初1ヶ月くらいの課題だった「疲れやすい」という感覚も減っている。 ただ、友人たちにふるまうために買った肉が余

          余命10分 / 2024年9月3日 — 肉。

          余命10分 / 2024年8月26日 — 殴り書き。

          ギャラリーの運営で行き詰まっている。あまり大声で言えるような話ではないけれど、いい部分とわるい部分が両方混在している状態。抱えきれなくてここで少し吐露してみる。10分ならいいだろう。 まず、いい部分というのは個性豊かなやさしいスタッフたちの存在や、才能溢れる作家との出会い、そして交流を求めに集まってくるみんなの笑顔。このギャラリーがきっかけとなって大きな出会いや変化を生んだ作家の喜びの声もときどき届く。その度に本当にやってよかったなと思う。 わるい部分。 ぼくがうまくコ

          余命10分 / 2024年8月26日 — 殴り書き。

          余命10分 / 2024年8月23日 — まつり。

          ぼくが住む町には毎年恒例になっている納涼祭がある。東京のど真ん中にも関わらず小さな村のお祭りみたいな空気が漂っていて、好きだ。焼きそば、焼き鳥、かき氷、フランクフルト、太鼓、盆踊り。 会場となっている公園に櫓(やぐら)が組まれ、ちょうちんが吊るされると、いつもの表情から、変わる。夏の始まりのような、夏の終わりのような空気をまとい、近隣の方々を迎え入れる。人口がいちばん少ない千代田区。ビルばかりのこの町に、こんなに人が住んでいたなんてと、毎年思う。 昔、子どもの頃、家の近所

          余命10分 / 2024年8月23日 — まつり。

          余命10分 / 2024年8月21日 — 足の踏み場がない。

          ひげが伸びてくるとバリカンで 5mm の長さに一気に刈り揃えるのだけれど、今朝はなんだか疲れていてアタッチメントをつけるのを忘れ、ひげをきれいに剃り落としてしまった。ひげがない顔は久しぶりだ。自分でも母親に似てきたと思う。 事務所の引き払い、荷物の移動も落ち着いてきた。本を読むのが苦手なのに、とにかく本が多い。足の踏み場がない。 ここで10分。

          余命10分 / 2024年8月21日 — 足の踏み場がない。

          余命10分 / 2024年8月18日 — 謝る。

          仕事でミスが起きた。正直ミスなのかもわからない。ぼくらの説明不足であり向こうの確認不足。つまり言った言わないのようなよくある話なんだけれど、その後の「責任がどちらにあったか」という議論がとにかく嫌いだ。 マウントを取ったって拗ねたって仕方ないんだからまず先にちゃんと謝って、その先の得策を提示するのがいいと思う。 ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」の主人公のカーミーは、シーズン3になってもまだ謝れないでいる。思えばぼくもずっとずっと謝ってこない人生だった。正論を振り

          余命10分 / 2024年8月18日 — 謝る。

          余命10分 / 2024年8月15日 — キッチン。

          小さな引っ越しが続いている。最近あまり使っていなかったキッチンも改めて使えるように整理している。ただ、数年前みたいに大人数を食事でもてなしたり、みんなで料理を作って飲み会をするということはなさそうなので、セットで揃えた食器や、6人がけのダイニングテーブルは捨てた。ひとり暮らしのわりに大きな冷蔵庫には炭酸水だらけ。炭酸水がないと生きられない。出張に行くたびに珍しがって買ってくる調味料や食材、それを収納するためのワゴンで、小さなキッチンはシェフがひとり立てばもういっぱい。その後ろ

          余命10分 / 2024年8月15日 — キッチン。

          余命10分 / 2024年8月14日 — 小さな引っ越し。

          仕事用に借りている部屋を引き払い、店舗兼自宅に荷物を少しずつ戻して整理するという「小さな引越し」が続いている。収入が減ったのか、家賃が負担になってきていたし、この夏から自宅の2階を店舗の一部として使用することができなくなったという事情もあって、しごととくらしを改めてシュリンクさせることになった。 いまの家の、1階は相変わらずギャラリーとして、2階と3階の使い方を1から考え直している。 物の多さに呆れたりしながら、40代を楽しく生きるための秘密基地をつくる。まずはテレビコー

          余命10分 / 2024年8月14日 — 小さな引っ越し。

          余命10分 / 2024年8月13日 — 弟の彼女。

          弟が実家に彼女を連れてきた。弟の恋愛事情にはまったく興味がないけれど、おそらくしばらくぶりにできた年下の彼女。いまは山形市内で一緒に暮らしているという。向こうの両親にも会ったという。 法事で残った惣菜では格好がつかないのではないかというぼくに対して「かまわない」と妹。ありのままを見せてダメならダメだと冷静だ。せめて、と思い、刺身の盛り合わせをスーパーで買い、夕飯の時だけ都合よく「料理長」と呼ばれる長兄のぼくが何品かつくった。 夏バテには梅がいいかと思い、どの料理にも梅肉を

          余命10分 / 2024年8月13日 — 弟の彼女。