今日の居場所
―生きていることについて―
もし自分の手元にしっかりとした形ある「意味」というものがあったとしたら、結果はきっと違っていたんだと僕はいつも思っている。何もかもが矛盾しながら存在する、その「意味」は僕らの手の中には有り余るだけの大きさになって溢れていた。よく晴れた空が青いのが当たり前だと思われているように、全ては初めからそうなるはずだった。初めから、決まっていた予定調和のように。そんな中を歩いていた僕は、その矛盾にずっと気付かずに振り回されながらここまで来たのかもしれない。
本当の気持ちを何ひとつ、掴めない夢の中の物事のように失いながら。
ただ流れて行ってしまう時間のように、何も手に入れることが出来ないままの暮らしの中では何も意味などなくて、何処へ行こうとしても辿り着く場所なんて見つかりはしないままだった。だからなのかもしれない。僕がいつも欲しがっていた、確かな何かなんてものは嘘だらけで、全ては夢の物事だった。そのことに気付くのが、少し遅かっただけで。例えばひとつの痛みを感じたとしても。それでも、生きていると思えるのであればそれでいい。どうやっても消せない傷も、僕たちはそれを否定せずに受け止めて歩いて行くしかないのだから。
「ねえ、翔。あなたにとって生きていることって、どんな意味があるの?」
5月の木漏れ日は優しかった。ふたり歩く道のりが、ほんの少しだけ街路樹の影を落としながら風に揺れる木々の葉がたまに僕らの会話の合間に音を鳴らしていた。優しい、風の音と共に。
「生きていることの意味?」
真っ直ぐに伸びている里緒の長い髪が柔らかく風に吹かれていた。僕はそんな里緒の質問にほんの少し面食らいながらも、その意味の意味、を考えてみた。
「なんだろうな。」
上手い言葉が見つからず、僕はそんなひと言を口にしてみた。里緒はただ黙って僕の顔をじっと見つめて、次の言葉を待っていた。とても透き通った視線で。
「君は?どう思う?」
僕がそう聞くと、里緒は
「思い出を繋ぐことかな。」
と言って微笑んだ。
「思い出?」
「そう。途切れないように、思い出を繋いで行くの。そうすればずっと今が続いて行くでしょ。」
僕の歩幅と里緒の歩幅がちょうど合うように踏み出していた。僕はすれ違う人たちを目で追いながら自分と里緒の影を確認して言った。
「思い出を大切にしていくってこと?」
「そういうこと。思い出って過去のことでしょ。過去を大切にすることで、現在の瞬間を生きていけるってことだから。どうしようもない昨日があったとしても、それを大切すれば明日がちゃんと良い今を持って来てくれるってこと。そうするとね。」
「うん。」
「ほら、ここに居れるでしょ。」
そう言って里緒は僕の目の前に立ち止まった。そして嬉しそうに笑う。僕はその笑顔を見て笑う。そんな瞬間の連続が僕らの生きている意味だった。何も疑う必要のない毎日が欠けることなく訪れていた。
「この気持ちはずっと変わらないよ、このまま。」
<to be continued>