【挿絵付き短編小説】あと少し、もう少しだけ
ーーーあなたと出会って、私の世界は確実に色づいていった。
「百姫ちゃん、今日は遊びに来てくれてありがとう」
「ううん、私の方こそお招きありがとう。凄く楽しかった。おばさんのチーズケーキ、とっても美味しかった」
百姫は微笑を浮かべた。手作りのケーキがあんなに美味しいものとは思わずびっくりした。お店で売っているものと遜色がない。レシピを教えてもらいたいくらいだった。お土産に紅茶を持っていって正解だった。
「なら良かった。お母さん、百姫ちゃんが来るのすっごく楽しみしてたんだよ。だからいつになく気合い入ってたんだ」
りんは褒められて嬉しいのか、やや興奮気味に言った。
「そっか。嬉しいな」
「うん、また是非来てね」
ある日の放課後、百姫はりんの家に遊びに来ていた。
楽しい時間はあっという間と言うけど、まさにその通りだった。
初めての友達、初めての寄り道。どれも百姫には新鮮で刺激的だった。
学校帰りの寄り道、両親は「楽しんできなさい」とどこか嬉しそうに送り出してくれた。
夏の夜空に星が瞬き始め、昼間の気怠い暑さが嘘のようにひんやりと心地良い風が吹いていた。
紺の襟に大きな水色のリボンの白いセーラー服がひらひらと揺れている。
どこかまだ名残惜しい気もするがそろそろ帰らないといけない。見送りに来てくれたりんとバス停に向かった。
「バスの時間、ある?」
「ええとね……え?」
百姫は時刻表を確認し、途端に青ざめた。
りんが横からぴょこんと顔を覗かせる。
「あーバス、しばらく来ないね。この時間帯は意外と本数少ないんだよ」
「そっか」
「バスの時間私が気にしてれば良かったね、ごめんね」
「ううん、りんちゃんは悪くないよ。私こそ長居しちゃったから」
バスは数分前に出発したばかりだった。次に来るの三十分後である。
百姫は悩んだ。家に電話して迎えに来てもらうべきだろうか。ここで一人で待つのは正直忍びない。街灯はそれなりに点いてるが、あまり人気のない場所でもあり、少し怖い。
「じゃあさ、ここで待つのも退屈だし、もう少し先まで行ってみようか」
百姫の不安な気持ちを吹き飛ばすような明るい声だった。
「え? いいの? でも……」
確かに先に歩いたところにバス停はあった。だが、そこまで付き合わせるのも申し訳ない気がした。
(りんちゃん、帰り……大丈夫かな?)
百姫の心配をよそに、りんはニイッと白い歯を見せて笑った。
「平気だよ。それにさ、まだ全然話し足りないし。百姫ちゃんとお喋り出来るね。じゃあ、しゅっぱーつ」
りんは百合の手を掴んで先に歩きだした。見かけより小さい可愛らしい手だった。ほんのり汗ばんでしっとりしていた。
(手、繋ぐの初めて……だよね)
百姫の胸はとくんと小さな音を立てた。
りんの長いポニーテールがくるくると揺れている。いつになく楽しげに見えた。
(もしかしてりんちゃんも……まだ帰りたくないのかな)
そのことが嬉しくて仕方ない。
百姫はキュッと握り返し、ゆっくりと後を追うように歩を進める。
(あー、なんか今、すごく熱いな。りんちゃんに顔見られなくて、よかった。絶対変に思われたし)
風の音と、時々ころころと虫が鳴く以外は聞こえない。静寂な世界に包まれていた。
それはけして気まずいとか、嫌なものではなく寧ろ心地良かった。
ーーーこのままずっと一緒に歩いていたい。
「この制服さ、めちゃくちゃ可愛いよね。私は、これ着たくてこの学校入ったんた」
りんがぽつりと呟くように言った。どこか少し照れくさそうに。
「そうなんだ」
「うん。でもこの学校偏差値高いからめちゃくちゃ頑張ったんだよ。と言ってもまぁ、陸上推薦だけどね」
「私はスポーツとかさっぱりだから、りんちゃんはすごいよ」
「そう……かな。でも百姫ちゃんは勉強出来るじゃない。今回のテスト、おかげですごく助かったよ。また教えてね」
「もちろん。私で良ければ」
百姫はにっこりと微笑んだ。
百姫とりんとの出会いは隣の席で、ある時にノートを見せることになり、とても見やすいノートだと褒めてくれた。
そこから勉強を教えて欲しいと言われ、最初は自分なんかが……と断っていた百姫だったが、りんの熱意に根負けし、気づくとだんだん話すことが増え、徐々に仲良くなっていった。
ノートを褒められたことも、誰かに勉強を教えるのも初めてで、誰かが自分を必要としてくれたことがとても嬉しかった。
りんと一緒にいると自分の世界がどんどん広がっていくようだ。知らない何かを見せてくれる。高校生活がこんなに楽しいとは思わなかった。中学までは身体も弱く、ずっと一人だったから。
「もうすぐ夏休みだね。あ〜楽しみ。百姫ちゃんは何か予定あるの?」
「ううん、特には」
「じゃあさ、海とか、プールとか花火とか、夏祭りとか行きたいとこいっーぱいあるから。一緒に行こうよ」
「う、うん、行きたい」
「ん、じゃ、約束だよ」
楽しげにいろいろな計画を話すりんの笑顔がいつになく眩しい。百姫は胸の高鳴りを感じた。さっきよりなんだがドキドキする。不思議な気持ちだった。
会話に花が咲き、話題は尽きない。気づいたら次のバス停が視界に映った。互いに歩幅が遅くなる。
(バス来るの、もう少しゆっくりでいいからね)
まだ、この時間をもう少し楽しみたいから。二人だけの時間を。
ふと空を見上げると星がさっきより輝いているように見えた。
今年の夏はいつもより熱くなる、そんな予感がした。
終
素敵な挿絵は清世さんに描いていただきました。
ありがとうございます☺️
あとがきなどは別記事で。
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