友から手紙をもらう
今月はじめの私の誕生日に、高校時代の友人から手紙が届いた。
付き合いの度合いは、それぞれの状況に応じて、遠近があったものの、
ずっとやりとりは続いている。
それにしても、私たち、出会ってから随分と時間がたったねえと、振り返りながら、私の病気をねぎらってくれる内容の手紙だった。
面白かったのが、その友人から見た私のことが、ずらずらずら~と書き出されていたこと。
高校時代から今に至るまで、ずらずらずらずらずら~~~~。
およそ100項目。
赤毛のアンが好きなこと
憧れていた先輩のこと
寿司屋でバイトをしていたこと
笑えることを見つけては笑うこと
黒幕タイプ
家具の解体が得意
一癖ある魅力ある人とつながっている
猫が苦手
弱音を吐かない 吐けない
コーヒーはブラック
あまり泣くイメージがない
文具好き
散歩が好き
などなど
覚えていることもあれば、まったく思い出せないこともあったり、
思い当たることもあれば、そうかなあと納得できないこともあったり
いろいろであるが、
彼女の目を通した私の姿を知るのは、とても興味深かった。
言わせてもらえば、
一癖ある魅力ある人とつながっている
っていうのは、あなたもその一人やでってことやけど。
あと、黒幕ってどういうこと?
まっ、いいか。
そんなことよりも、気になる項目があった。
「 自分と身内に厳しい 」
これには、面食らった。
「自分に厳しすぎん?」と、夫にはよく言われているが、どうやら、身内にも厳しいらしい。
夫も、それをうすうす感じながら、直接言いにくいので、遠回しに
「自分に厳しすぎん?」
と言っていたのか。
おい。
まあ、夫には厳しすぎるかもしれんなあ。
なんせ、つっこみどころ満載やし。
仕事にめちゃくちゃ追われているのに、通勤途中に聴くラジオ番組にメッセージを送りたくて、その内容を考えるのに、頭を悩ませまくっている。
いや、まだ、内容にまでたどり着けず、ラジオネームを考えているところで、とまっている。
むしろ、こちらがメインのような。
なんでも、いつか番組の中で聴いた、「おさげのQ太郎」というラジオネームに心揺さぶられ、それを超えるようなラジオネームを生み出すことが、自分の使命らしい。
( はっきり言うけど、それはちゃうよ。 )
「やられたわあ。
うますぎよなあ。
韻も同じやし、情景がパッと思い浮かぶし、何より、その浮かんでくるQ太郎の姿が面白すぎるねん。
ほんまやられたわあ。
これを、超えるものを生み出さなあかんなあ。」
とか、真剣に言ってる。
いやいや。そんなんしてんと、たまっていく仕事を片付けて欲しいんやけど。
部屋の散らかりようが、尋常じゃない。
阪神の優勝熱も、ようやくおさまってきたというのに。
岡田監督がテレビに出てくるたびに、正座して、インタビューを聞いていたのが、ようやくなくなってきたかと思ったら、これや。
こうして、書いていると、やっぱり、夫には、厳しいくらいの方が、いいのかもしれないと、今、あらためて思う。
となると、娘に対しては、どうやろう。
厳しくされてきたと娘自身は言っているが、
「そんなでもないやろ。まだまだ、親の心子知らずやな。」
と、勝手に思っていた。
でも、もしかしたら、厳しいものを求めてきたのかもしれない。
第三者に言われると、それも、私のことを、ずっと見てきてくれた友人に言われると、ここは素直に考えてしまう。
どこの大学にいってほしいとか、
どんな仕事についてほしいとか、
そんなことは、何にも思っていなかったけど、
もしかしたら
こういう生き方をしてほしい
というのは、強く思っていたかもしれない。
それって、期待される方としては、けっこうきついことやなあ。
具体的なことではなく、生きる姿勢そのものを問われるんやもんなあ。
直接、娘に言うことはなかったけど(あったりして。こわくて、娘にはきけない。)、私の全身からビームが出ていたような気もする。
こういう生き方をして光線。
たぶん、出てたんやろうなあ。
ありのままを受け入れてもらうのではなく、親が思う生き方をするように、無言で圧力をかけられるなんて、自分だったら、もうそれだけで、親には会わなくなりそう。
私は、4人兄弟だったので、親の目が向けられるのは、4分の1。
でも、一人っ子の娘は、1分の1。
そりゃあ、ずいぶんと気の毒なことをしてしまったなあ。
手紙をくれた友人は、そんなことにも、気が付いていたんやろうか。
思いもしないところから、娘のことを、あらためて考える機会を得ることになった。
自分のことでも、まだまだ気が付いていないことが、いろいろあるんやろうなあ。
ただ、夫のラジオネームについては、早々にあきらめさせるか、はやいことヒットを生み出させて、仕事に打ち込めるように、そこは、やっぱり厳しくしていかなあかん。
ここは、ビーム全開で。
でも、何十年にもわたって、私のことを見てくれていた友人の存在は、本当にありがたい。
忙しい中、手紙を書いてくれたことにも、心から感謝。
ほんまにありがとうな。