あの世にいるのか この世にいるのか
以前の職場に素敵な先輩がいた。
困ったことがあると、よく相談をしていた。
その先輩がすごいのは、ご自分の得意なことだけでなく、専門外のことでも、しっかりと耳を傾けてくれることだ。
専門外だからわからないことだらけのはずなのに、じっくりと私の話を聞いた後に、質問を矢継ぎ早にされる。
そして、じっと空を見つめていたかと思うと、
「まちがってるかもしれないですけど、こういうことと違うかなあ。」
という語り出しで、私の話を整理していってくれるのだ。
この整理の仕方が、とてもわかりやすい。
人に話すことで、自分の考えの整理ができるってよく言われるけど、
それだけでなく、わたしの話を図式化されたかのように、わかりやすく整理してくれるのだ。
話し言葉とは思えない。
まるで、本を読んでもらっているかのよう。
それも、「~だ。」ではなく、「~です。」「~ます。」調の文章の本。
そう。そうなのだ。
内容だけでなく、話し言葉が素敵なのだ。
「〇〇だと思いますでしょ。」
その方は、京都人。
もっと、こてこての関西弁でも不思議ではないのに。
「思いますでしょ。」
と言われたら、思っていなくても、
「はい。思います。」
って答えてしまいそうになるくらい、いい響きである。
言葉って、その言葉の意味だけでなく、音の響きから影響されるんやなあ。
そして、声のトーンも、優しく、おだやか。
耳ざわりが、よすぎる。
そのせいで、
これまで、何回、
「はい。思います。」
って言ってしまったことか・・・。
さて、その先輩が、私の机のお向かいに座っておられた、ある日のことである。
いつも以上に超多忙な日で、その上、次から次へと起こるトラブルにも対応されていて、ヘロヘロになられていた。
お向かいの席から、そっと盗み見るも、
目にも元気がなく、
髪の毛も、下敷きを頭にこすりつけて、静電気を起こして持ち上げた後のように、何十本もの毛が逆立っている。
姿勢も、いつもよりも前かがみになっているような。
かなりのお疲れ具合である。
去年、生姜湯をpcのキーボードの上にこぼして、機械をダメにしてしまったことがあった先輩だから、こんなにお疲れやと、生姜湯事件再びとならないやろうかと、こっそり心配もしていた。
生姜湯は、まったくあかんようやった。
あのどろどろのとろみが、キーボードの隅々まで、がっつりとカバーリングをしてしまうようで、買い替え以外に方法はないらしい。
いかん。
生姜湯事件再びは、いかん。
と、その時、突然、先輩が、PCから顔を上げて、私に視線を合わせてこられた。
盗み見がばれたかと、あたふたしながら、
なんとか笑顔を作ってみるわたし。
それに対して、消え入りそうな笑顔で応じてくれた後に、
「わたし、いま、あの世にいるのか、この世にいるのか、わからなくなっていますの。」
と、小さなちいさな声でおっしゃる。
えっ、え~~~~~っ!!!
「わからなくなっていますの。」
なんて、お上品な言葉を使っておられるけど、なかなかすごいことを言っておられる。
いやいやいやいや。
「まちがいなく、この世です。あの世になんか、いってはりません。
絶対にこの世です。この世にいらっしゃいますの。」
なんとか、この世におられることを伝えたくて、あせりすぎて、わたしの言葉まで、上品になってしまった。
せんぱい!この世ですよ~~~~~!!
職場の近くに、アップルケーキで超有名なお店がある。
先輩は、そこのアップルケーキが大好き。
いつだったか、差し入れで持ってきてくださったことがある。
その時の、とっても幸せそうに、ケーキを切り分けていた先輩の姿を思い出した。
あの幸せそうな顔を、またしてほしい。
ちゃんとこの世にいるうちに、してほしい。
近いうちに、あのアップルケーキを絶対に買いに行かなあかんわ。
アップルケーキを食べるたびに、思い出す。