
【小説】稲穂が揺れる宇宙で・・
第1章:田舎町の天才少年(2009〜2022年)
2009年、福岡県の片田舎にある小さな町で、星野ハルトは生まれた。周囲を山と茶畑に囲まれたその町では、時間がゆっくりと流れていた。人々は顔見知りばかりで、日常の話題といえば天気や農作物の出来具合くらい。インターネットもまだ十分に普及しておらず、子どもたちは外で遊ぶのが当たり前だった。
しかし、ハルトは少し違っていた。彼は幼い頃から「変わり者」として知られていた。3歳の頃には絵本よりも父親が持っていた科学雑誌に興味を示し、小学校に入る頃にはテレビよりも父親の古いノートパソコンを触るのが大好きだった。
「またパソコンばっかり触って!外で遊びなさい!」
母親がそう叱るたびに、ハルトは「もう少しだけ」と言いながら画面に夢中になっていた。その古びたパソコンは、父親が仕事で使わなくなったものだったが、ハルトにとっては宝物だった。画面に表示される文字や数字の羅列が、彼にはまるで魔法のように見えた。
初めてのプログラム
ハルトが初めてプログラミングというものを知ったのは、小学4年生の時だった。学校の図書室で偶然見つけた『子どもでもわかるプログラミング入門』という本。それを手に取った瞬間から、彼の世界は大きく広がった。
「これだ……!」
本を読みながら、自宅のパソコンで試行錯誤を繰り返す日々。最初は簡単な文字を画面に表示させるだけだったが、それでもハルトにとっては大きな達成感だった。そして小学6年生になる頃には、自作の簡単なゲームを作れるようになっていた。
そのゲームは、地元の特産品である茶葉を収穫して売るシミュレーションゲームだった。プレイヤーは茶畑を管理しながら収益を上げていくという内容で、地元商店街のおじさんたちにも好評だった。
「お前、本当にこれ作ったんか?すごいやん!」
商店街のおじさんたちに褒められるたびに、ハルトは嬉しそうに笑った。しかし学校では、この才能を理解してくれる友達はほとんどいなかった。同級生たちはスマホゲームやYouTubeばかり見ている中で、自分だけが違う世界にいるような孤独感を感じていた。
オンラインの仲間たち
そんなハルトを支えてくれたのは、インターネット上で出会った仲間たちだった。オンライン掲示板やプログラミングフォーラムで知り合った同世代の少年少女たちと交流することで、彼は自分と同じような興味を持つ人々がいることを知った。
「俺、このコード書いてみたんだけどどう思う?」
「いいね!でもここをこうしたらもっと効率的になるよ。」
夜遅くまでチャットで議論したり、お互いのアイデアを共有したりする時間は、ハルトにとって何よりも楽しい時間だった。彼らとの交流があったからこそ、ハルトは自分の才能を信じ続けることができた。
中学時代の挑戦
2022年、中学3年生になったハルトは、新しい挑戦を始めることになる。それは地元商店街向けのAIアプリ開発だった。商店街のおじさんから「最近、お客さんが減っとるんよ」という話を聞いたハルトは、「何か役立てることはないか」と考え、自分なりにアイデアを練り始めた。
彼が作ったアプリは、「商店街ナビゲーター」というものだった。スマホで簡単に地元商店街の商品情報やイベント情報を見ることができるアプリだ。このアプリのおかげで商店街には少しずつ若い世代のお客さんが増え始めた。
地元新聞にも取り上げられ、「天才中学生現る!」という見出しとともに紹介された。その記事を見て誇らしげな顔をする祖父母や商店街のおじさんたち。しかしその一方で、学校では相変わらず「変わり者」のままだった。
広い世界への憧れ
中学卒業間近になったある日、ハルトはふと思った。「この町だけじゃなくて、もっと広い世界で自分を試してみたい」と。地方では得られる刺激には限界があると感じ始めていた彼は、高校進学先として東京の名門校への受験を決意する。
両親や先生から反対されながらも、「僕にはここじゃない場所が必要なんだ」と説得し、猛勉強の末に合格通知を手にする。そして2023年春、彼は新しい生活を始めるため、大きな希望と少しの不安を胸に東京へ旅立つことになる。
第2章:東京への挑戦(2023〜2027年)
2023年春、星野ハルトは福岡の片田舎を離れ、東京へと向かった。地方の小さな町から出ること自体が初めてだった彼にとって、東京はまるで別世界だった。高層ビルが立ち並び、人々は忙しそうに行き交い、電車の中では誰もがスマホを見つめている。ハルトはその光景に圧倒されながらも、「ここでなら、自分の才能を試せる」と胸を高鳴らせていた。
彼が進学したのは、日本でもトップクラスの進学校である「東京国際高校」。全国から集まった優秀な生徒たちが切磋琢磨するこの学校で、ハルトは新しい生活をスタートさせた。
天才たちとの出会い
入学初日から、ハルトは自分が「普通ではない」ことを思い知らされることになる。教室では、数学オリンピックで金メダルを取った生徒や、中学生で起業したという生徒など、「天才」と呼ばれる人々が当たり前のように存在していた。
「お前も何かすごいことやってるんだろ?」
同じクラスの男子生徒にそう聞かれたハルトは、「まあ、ちょっとだけプログラミングを……」と答えた。しかし、その場にいた誰もが「ちょっとだけ」で済むレベルではないことを察していた。
特にハルトの目を引いたのは、一人の少女だった。白石ユリカ――その名は入学式の日から学校中で噂になっていた。「AI開発コンテストで全国優勝した天才少女」という肩書きを持つ彼女は、その知性だけでなく冷静沈着な態度でも目立つ存在だった。
「君が星野ハルト君ね。噂は聞いてるわ。」
入学式後、ユリカから声をかけられたハルトは驚いた。彼女の噂など耳にしていなかったハルトにとって、突然「噂」と言われてもピンとこなかったが、その場で彼女と交わした短い会話は、後々まで強く印象に残った。
AI開発コンテストへの挑戦
2024年秋、高校2年生になったハルトは、学校主催の「AI開発コンテスト」に参加することになる。このコンテストは、生徒たちがチームを組み、「社会課題を解決するAI」をテーマにプロジェクトを競い合うものだった。
ユリカもこのコンテストに参加する予定だと知ったハルトは、自分も挑戦しようと決意する。そしてクラスメート数名とともにチームを結成し、アイデア出しからスタートした。
「テーマはどうする?」「社会課題って言われても範囲が広すぎるよな。」
議論が行き詰まる中、ハルトはふと思いつく。「家庭内で役立つAIアシスタント」というアイデアだ。家事や育児、高齢者ケアなど、多様なニーズに応えるAIアシスタントならば、多くの人々の日常生活を支えることができる――そう考えたのだ。
チームメンバーもこのアイデアに賛同し、プロジェクト名「リナ」が誕生した。リナとは、「Life Navigator」の略称だ。
ライバルとの衝突
一方で、このコンテストにはユリカも参加していた。彼女のチームは「環境問題解決」をテーマに掲げており、その技術力やプレゼン力は圧倒的だった。ユリカ自身もまた、自分たちのプロジェクトに絶対的な自信を持っている様子だった。
ある日、コンテスト準備中に偶然ユリカと廊下で出くわしたハルトは、「リナ」のアイデアについて話す機会を得た。しかし彼女から返ってきた言葉は予想外だった。
「面白いアイデアね。でも、それって本当に人々のためになると思う?」
ユリカは続けてこう言った。「技術だけじゃなくて、その技術が社会に与える影響まで考えるべきよ。ただ便利なものを作ればいいってわけじゃない。」
その言葉にハルトは反発した。「そんなこと言ったら何も作れなくなるじゃないか。まず作ってみて、それから考えればいいんだ。」
二人の意見は平行線のままだった。この衝突が二人の間にライバル関係を生むきっかけとなり、それぞれが自分たちのプロジェクト成功に向けてさらに努力するようになる。
初めての成功
2025年春、高校3年生となったハルトたちは、「リナ」のプロトタイプ完成まで漕ぎ着けた。このAIアシスタントには音声認識や家事サポート機能だけでなく、高齢者向けの健康管理機能も搭載されていた。その結果、「リナ」は多くの審査員から高評価を受け、コンテストで見事優勝を果たす。
表彰式の日、壇上でトロフィーを受け取るハルト。その姿には自信と誇りが満ち溢れていた。しかしその一方で、ユリカが静かに拍手している姿を見ると、不思議な感情が湧いてきた。「これで終わりじゃない」という思いだった。
広がる夢
コンテスト優勝後、「リナ」のプロジェクトには企業や研究機関からも注目が集まり始めた。そして卒業後(2027年)、大学進学か起業かという選択肢に直面したハルトは、大胆にも起業という道を選ぶ。
「僕にはもっと大きなことができる気がする。」
そう語る彼の目には、新しい夢への期待と覚悟が宿っていた。そしてこの決断こそが、彼の人生を大きく動かす第一歩となる。
第3章:栄光とその代償(2028〜2030年)
2028年春、星野ハルトは高校を卒業した。その進路は、周囲が予想する「名門大学進学」ではなく、「起業」という大胆な選択だった。高校時代に開発した家庭用AIアシスタント「リナ」を商業化するため、彼は仲間たちとともにスタートアップ「エシカル・コード」を設立したのだ。
「大学で学ぶよりも、今すぐ行動したいんだ。」
そう語るハルトの目には、自信と情熱が宿っていた。彼にとって「リナ」は単なるプロジェクトではなく、自分の才能を証明する象徴だった。そして、その決断は彼を栄光へと導く一方で、大きな試練をもたらすことになる。
起業と急成長
「エシカル・コード」は設立当初から注目を集めた。家庭用AIアシスタント「リナ」は、家事の手伝いや高齢者の健康管理など、多機能で使いやすい設計が評価され、瞬く間に市場で人気を博した。特に高齢化が進む日本社会では、「リナ」の需要は急速に拡大していった。
「これが僕たちの未来だ!」
ハルトは初めての製品発表会でそう語り、メディアからも「若き天才起業家」として大々的に取り上げられた。「エシカル・コード」の企業価値はわずか1年で数十億円規模に達し、ハルトは一躍時代の寵児となった。
しかし、その成功の裏には見えない重圧があった。急成長する企業を率いる責任や、次々と押し寄せる課題への対応に追われる日々。ハルトは次第に、自分が作り上げたものに飲み込まれていく感覚を覚えるようになる。
仲間との亀裂
創業メンバーとしてともに働いていた仲間たちとの関係にも変化が生じ始めた。特に高校時代からの親友であり、「リナ」の共同開発者でもある佐藤ケンジとは意見が対立することが増えていった。
「ハルト、お前はもっと現場の声を聞くべきだ。」
ケンジはそう主張したが、ハルトはそれを聞き流した。「僕には僕のやり方がある」と言い放ち、自分の判断を優先するようになっていた。
さらに、新規事業への投資や市場拡大を巡っても意見が割れ、次第にチーム内の結束は崩れていった。そしてついにケンジは、「このままじゃ会社もお前自身も壊れる」と言い残し、「エシカル・コード」を去る決断をする。
「リナ」の誤作動
そんな中で起きたのが、「リナ」の誤作動事件だった。2030年初頭、高齢者施設で使用されていた「リナ」が健康管理データを誤認し、一部の入居者が適切な医療ケアを受けられない事態が発生した。この事故は大々的に報道され、「エシカル・コード」への批判が一気に高まった。
「AIなのにミスをするなんて」「人命に関わる問題だ!」
世間からの非難の声は日に日に大きくなり、株価は急落。顧客からの契約解除も相次ぎ、「エシカル・コード」は存亡の危機に立たされた。
ハルト自身も記者会見で謝罪することになったが、その場でも厳しい質問が飛び交った。「あなたはこの事故についてどう責任を取るつもりですか?」という問いかけに対し、ハルトは言葉を詰まらせるしかなかった。
孤独と自己嫌悪
事件後、ハルトはオフィスに閉じこもり、自分自身と向き合う日々を送った。かつて自信満々だった彼は、自分の未熟さや傲慢さを痛感していた。
「僕は何のために『リナ』を作ったんだろう……?」
その問いかけに答えられない自分がいた。成功への執着や周囲からの期待ばかりを気にして、本当に大切なもの――人々の生活や幸せ――を見失っていたことに気づいた。
さらに孤独感も彼を苦しめた。かつて信頼していた仲間たちは去り、自分だけが責任を背負う状況になったことで、心身ともに疲弊していった。
故郷への帰郷
限界を感じたハルトは、一時的に会社経営から離れることを決断する。そして故郷である福岡へ戻り、小さな町で静かな生活を始めることになる。
祖父母や地元商店街のおじさんたちとの再会は、彼に温かさと安心感を与えた。そして子どもの頃、自分が開発した茶畑ゲームや商店街向けアプリについて話す人々との交流を通じて、「技術とは人々の日常生活を支えるためのもの」という原点を思い出すようになる。
第4章:挫折と再生(2031〜2033年)
福岡の片田舎に戻った星野ハルトは、久しぶりに地元の空気を吸い込んだ。東京での騒がしい日々とは対照的に、ここでは時間がゆっくりと流れているようだった。祖父母が住む古い家の縁側に座りながら、彼はぼんやりと庭の景色を眺めていた。
「おかえり、ハルト。」
祖父の穏やかな声が耳に届く。祖父は昔と変わらない笑顔でハルトを迎え入れた。その笑顔はどこか懐かしく、そして痛みを伴うものだった。自分が失敗し、逃げ帰ってきたことを祖父母は何も責めない。それが逆に胸に刺さった。
「ただいま……。」
その一言だけを返すと、ハルトは視線を落とした。
故郷での日々
ハルトはしばらく何もしない日々を過ごした。朝は遅く起きて、祖母が作る朝ごはんを食べる。昼間は町をぶらぶら歩き、夜には早く寝る。それまでの忙しさとは正反対の生活だった。
ある日、地元商店街のおじさんたちが集まる喫茶店に顔を出してみた。子どもの頃から通っていたその場所は変わらず賑やかで、おじさんたちはハルトを見ると声をかけてきた。
「おー!ハルトじゃないか!東京で大成功したって聞いてたけど、どうしたんだ?」
「いや……ちょっと休みに帰ってきただけです。」
ハルトは苦笑いしながら答えた。本当のこと――自分が失敗して逃げ帰ってきたこと――なんて言えるわけがなかった。
しかし、その場にいた商店街のおばさんがこう言った。
「でもねぇ、あんたが昔作ったあのアプリのおかげで、お客さん増えたんよ。今でも感謝しとるよ!」
その言葉にハルトは驚いた。子どもの頃、自分が作った「商店街ナビゲーター」というアプリ。それがまだ使われていて、人々の役に立っているという事実。それを知った瞬間、彼の心の中で何かが少しだけ動いた。
新しい仲間との出会い
そんなある日、ハルトは地元農家の青年・田村ケイスケと出会う。ケイスケは20代後半ながらも地元で有機農業を営み、小さな直売所も経営していた。彼はハルトを見るなりこう言った。
「あんた、有名人だろ?AIとか作ってる天才なんだろ?」
「……天才じゃないよ。ただの失敗者だ。」
「失敗?それなら俺も同じだよ。」
ケイスケもまた、一度東京で起業したものの失敗し、地元へ戻って農業を始めたという過去を持っていた。その話を聞いてハルトは少しだけ心が軽くなる気がした。
「俺さ、この町で農業やってるけど、人手不足とか効率化とか課題だらけなんだよね。でもAIとか使えば何とかなるんじゃないかって思うんだ。」
ケイスケのその言葉に、ハルトは久しぶりに興味を覚えた。「AIで農業支援?」それは東京では考えもしなかった発想だった。
小さなプロジェクト
ケイスケとの話し合いから、小さなプロジェクトが始まった。ハルトは地元農家向けに簡単なAIシステムを開発することにした。それは作物の生育状況や天候データを分析し、最適な収穫時期や肥料配分を提案するシステムだった。
最初は試行錯誤の日々だった。しかし、その過程で地元農家のお年寄りたちから感謝されることが増えていった。
「こんな便利なもの作ってくれてありがとうねぇ。」
その言葉に触れるたび、ハルトは少しずつ自信と希望を取り戻していった。そして何より、自分の技術が直接人々の日常生活に役立つという実感が彼には新鮮だった。
ユリカとの再会
そんな中、思いもよらない人物から連絡が入る。それは高校時代のライバル・白石ユリカだった。「久しぶり」と短く書かれたメッセージには、「福岡まで会いに行きたい」という一文も添えられていた。
数日後、ユリカは福岡まで足を運び、直接ハルトと再会した。彼女もまた、自分のプロジェクトで挫折を経験していたという。そして今、新しい挑戦として環境問題解決型AIプロジェクトに取り組んでいる最中だった。
「あなたならまた立ち上がれると思う。」
ユリカからそう言われた瞬間、ハルトの胸には熱いものが込み上げてきた。彼女との再会によって、「もう一度挑戦したい」という思いが芽生え始める。
再び東京へ
2033年春――2年間の休息と再生期間を経て、ハルトは再び東京へ戻る決意をする。「もう一度、自分自身と向き合おう。そして今度こそ、本当に人々のためになる技術を作ろう」と心に誓った。
彼には新しい仲間もできていた。ケイスケやユリカなど、多様なバックグラウンドを持つ人々との絆によって、「一人ではない」という安心感もあった。そしてこの時点で彼には、新しいプロジェクト――「コスモスAI」の構想も浮かび始めていた。
第5章:未来への飛躍(2034〜2035年)
2034年春、東京の空は青く澄み渡っていた。星野ハルトは新しいオフィスの窓から、その広大な空を見上げていた。2年前、全てを失い故郷へ戻った自分が、再びこの場所に立っている。それだけで胸が熱くなる思いだった。
彼が立ち上げた新しいプロジェクト「コスモスAI」は、これまでのどんな挑戦よりもスケールが大きかった。AI技術を活用して宇宙開発に貢献するという壮大なビジョン。その第一歩として、AI搭載ロボットを使った月面探査計画が進行中だった。
「これが僕たちの未来だ」
ハルトはそう呟きながら、背後にいる仲間たちを振り返った。そこには、故郷で出会った田村ケイスケや、高校時代のライバルだった白石ユリカ、そして新しく加わった若いエンジニアたちの顔があった。それぞれが違う背景や経験を持ちながらも、同じ目標に向かって進んでいる。その結束力は、かつての「エシカル・コード」では得られなかったものだった。
新たな挑戦:月面探査計画
「コスモスAI」の最初のミッションは、「ルナ・パイオニア計画」と名付けられた月面探査プロジェクトだった。この計画では、AI搭載ロボット「ノヴァ」を開発し、人間が到達できない月面の奥地を調査することを目指していた。
「ノヴァ」はただの探査ロボットではない。その最大の特徴は、「自己学習型AI」を搭載している点だった。これによって、「ノヴァ」は現地で得たデータを即座に分析し、自ら判断して行動を最適化することができる。
しかし、このプロジェクトには多くの課題があった。まず資金調達だ。宇宙開発には莫大な費用がかかる。ハルトたちはクラウドファンディングや企業スポンサーを募りながら、何とか資金を集めていった。
「僕たちの夢に賛同してくれる人々がこんなにもいるなんて……」
集まった支援金額は予想を大きく超え、多くの人々から応援メッセージも寄せられた。その一つ一つがハルトたちの原動力となった。
技術的な壁との闘い
資金調達が順調に進む一方で、「ノヴァ」の開発には数々の技術的な壁が立ちはだかった。特に問題となったのは、「月面環境への適応」だった。月面は地球とは全く異なる過酷な環境だ。重力は地球の6分の1しかなく、昼夜で温度差が200度以上もある。この環境下でロボットが正常に機能するためには、従来の設計思想を根本から見直す必要があった。
「これじゃダメだ……」
試作品がテスト中に故障するたびに、ハルトは頭を抱えた。しかし、その度に仲間たちと議論を重ね、新しいアイデアを模索した。
「失敗から学べばいい」
それは故郷での日々から得た教訓だった。失敗は終わりではない。それは次へのステップだと信じることで、ハルトたちは少しずつ前進していった。
開発の過程で、ハルトは以前の自分とは違う姿勢で臨んでいることに気づいた。かつての「エシカル・コード」時代は、自分の才能と成功への執着心だけで突き進んでいた。しかし今は違う。仲間たちとの対話を大切にし、時には自分の考えを柔軟に変える勇気も持てるようになっていた。
「ハルト、この設計どう思う?」
ケイスケが新しい設計図を持ってきたとき、ハルトは真剣に耳を傾けた。そして、自分のアイデアとケイスケのアイデアを融合させることで、より良い解決策を見出すことができた。この経験を通じて、ハルトは「多様性」の重要性を改めて実感した。
ユリカとの絆
開発チームの中核メンバーとして活躍していたユリカとの関係も、このプロジェクトを通じて変化していった。かつて高校時代にはライバルとして衝突ばかりしていた二人だったが、今ではお互いを支え合う存在になっていた。
ある夜遅く、オフィスで二人だけになった時、ユリカがふと口を開いた。
「ねぇハルト……私、本当にあなたと一緒にここまで来られて良かったと思ってる」
その言葉にハルトは驚きながらも微笑んだ。「僕もだよ。君みたいな人がいてくれなかったら、多分ここまで来られなかった」
その瞬間、二人の間にはこれまでとは違う温かい空気が流れていた。それは単なる友情以上の何か――お互いへの深い信頼と尊敬だった。
ユリカは続けた。「あのね、私ね、高校の時からずっと思ってたの。あなたの才能は本当にすごいって。でも同時に、その才能があなたを孤独にしてしまうんじゃないかって心配もしてた」
ハルトは少し驚いた表情を見せた。「そうだったのか……。確かに、僕は自分の才能を証明することに必死で、周りが見えなくなっていたかもしれない」
「でも今のあなたは違う」ユリカは優しく微笑んだ。「みんなと協力して、大きな夢に向かって進んでいる。それを見ていると、私も勇気をもらえるの」
ハルトは深く息を吐いた。「ユリカ、ありがとう。君の存在が、僕にとってどれだけ大きいか、言葉では言い表せないよ」
二人は互いに見つめ合い、そっと手を重ね合った。その瞬間、彼らの関係は新たな段階へと進んだのだった。
打ち上げの日
2035年12月、ついに「ノヴァ」を搭載したロケット「フロンティア1号」が打ち上げられる日がやってきた。日本中、いや世界中から注目される中で迎えたその瞬間。ハルトと仲間たちは緊張と興奮で胸を高鳴らせていた。
打ち上げ会場には、ハルトの両親や祖父母も駆けつけていた。彼らの顔には誇らしさと不安が入り混じっていた。ハルトは両親に近づき、深々と頭を下げた。
「お父さん、お母さん、ここまで育ててくれてありがとう。そして、僕の我儘を許してくれてありがとう」
両親は涙ぐみながら、ハルトを抱きしめた。「お前の夢を追う姿を見られて、私たちは本当に幸せだよ」
カウントダウンが始まった。
「10、9、8……」
ハルトは仲間たちと最後の確認を行った。
「7、6、5……」
ユリカがハルトの手を握りしめた。
「4、3、2……」
ハルトは深呼吸をし、空を見上げた。
「1、発射!」
巨大な炎と轟音とともに、「フロンティア1号」は夜空へと飛び立った。その光景を見つめながら、ハルトは静かに拳を握りしめた。この瞬間までどれだけ多くの困難を乗り越えてきたことか。そして今、自分たちの夢が現実になろうとしている。
打ち上げ成功後、「ノヴァ」は無事に月面へ到達し、その活動データが地球へ送信され始めた。そのデータには、人類未踏の地から得られた貴重な情報や映像も含まれており、それを見る人々は皆感動と興奮を隠せなかった。
世界的評価と次なる夢
「コスモスAI」の成功は世界的にも大きな話題となり、多くのメディアや研究機関から称賛された。ハルトたちのプロジェクトは、単なる技術的成功以上の意味を持っていた。それは、人類の宇宙進出における新たな可能性を示すものだったのだ。
ある日、ユリカとの会話で彼はこう語った。
「僕たちはまだ始まったばかりだよ。この技術で地球だけじゃなく、人類全体の未来を変えていけると思うんだ」
ユリカもまた、その言葉に力強く頷いた。「そうね。でもそのためにはもっと多くの人々と協力しないと」
二人は新しいプロジェクト――火星探査計画や次世代エネルギー開発――について話し合いながら、新しい夢への期待感に胸を膨らませていた。
エピローグ:未来への希望
それから数ヶ月後、ハルトは夜空を見上げていた。そこには無数の星々が輝いている。その中には、自分たちが送った「ノヴァ」がいる月も含まれていると思うと、不思議な感慨深さがあった。
彼のそばにはユリカやケイスケなど、大切な仲間たちがいる。そして彼自身もまた、多くの若者たちから憧れや希望として見られる存在になっていた。「失敗してもいい。それでも挑戦することこそ価値がある」というメッセージを伝えるため、自身の経験を語る場にも積極的に出向いていた。
ある日、ハルトは地元の高校で講演を行った。そこで彼は、自身の経験を踏まえてこう語った。
「皆さん、夢を持つことは素晴らしいことです。でも、それ以上に大切なのは、その夢に向かって行動することです。そして、その過程で出会う人々との絆を大切にすることです」
講演後、一人の生徒がハルトに近づいてきた。
「星野さん、私も宇宙開発に携わりたいんです。でも、自信がなくて……」
ハルトはその生徒の肩に手を置いた。「大丈夫だよ。僕だって最初は自信なんてなかった。大切なのは、一歩踏み出す勇気を持つことだ。そして、仲間を見つけることだ。一人じゃない。必ず、君の夢を応援してくれる人が現れるはずだから」
その言葉を聞いた生徒の目が輝いた。ハルトは、その姿に自分の若かりし日の姿を重ね合わせた。
未来への挑戦は続いていく。そしてその先には、人類全体が共存し成長できる新しい世界が待っている――そう信じながら、星野ハルトは再び歩み始めるのであった。
彼の背中を追う次世代の若者たちは、新しい夢と希望を胸に未来へ羽ばたいていく。そして、この物語は新たな章へと続いていくのだった。