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運動会と誤解

 娘の運動会が午前だけで終わるというので、随分あっさりしたものだと感心した。自分らの時代に夕方までやっていたことを考えると、何だか随分損をしたような心持ちになる。

 運動会は好きではなかった。
 何しろ半ズボンで地べたに膝をついて、人間米俵などをやらされる。そんなことをしたら痛いに決まっているのに、痛いと云ったら先生に「痛い痛い言うな」と怒られる。そんなことを云われても、こちらは小石や砂の上に膝をつくのだから痛くないわけがない。その上さらに背中へ人が乗るのだから、いよいよ痛い。物理的にきっと痛いのをつらまえて、「痛い痛い言うな」は、道理に外れている。全体、昭和の教師は横暴だったように思われる。

 ある時、徒競走の入場前に並んでいたら、隣から藤本がいきなり掴みかかって来た。
 咄嗟に顔をポカリとやったら、相手もさらにやり返す。おまけに「お前が目の中に指入れてきたんじゃろうが!」と弾劾して来たので驚いた。
 目に指どころか、こちらは彼に触れてもいない。何だと思ったところで先生に引き離された。
 藤本とは翌年同じクラスになったけれど、じきにどこかへ転校した。藤本の目に誰が指を入れたのかは、ついにわからないままである。

 閉会式の時に地面へ足で円を描いていると、後ろから須藤が肩を叩いて「元気を出せ、百」と言った。別段落ち込んでいるわけではなかったけれど、「お、おぉ」と答えておいた。
 須藤はこの夏に病気で亡くなった。
 自分は落ち込んでいたのではないと訂正しようにももうできないと思ったら、どうも片付かない気持ちがしていけない。

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