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時代と命

 幼い頃、祖父母の家へ行くと、よく母と祖母に連れられて、大松だいまつへ買い物に行った。
 大松は食料品を取り揃えたスーパーマーケットだった。古びた店構えで、店内も何だか薄暗かった覚えがあるが、さすがにそれは記憶違いのように思う。この時分、近くにそういう店は他になかったから、買い物はいつも大松へ行った。
 大松の向かいには金魚屋があった。金魚屋はいつも開け放しで、通りに面してタイル張りの水槽が置いてある。自分は横断歩道の信号を待ちながら、いつも金魚を眺めていた。
 初めて見た時、「ほら、出目金がいるよ」と、母と祖母が教えてくれた。指差す先を見たら赤い金魚に混じって、何だか目玉が飛び出た黒いのがいる。なるほど、それで出目金かと得心した。以来、出目金ばかりを探しては、「出目金だ!」と言いながら眺めていた。
 数年後、もっと近くにジャスコができて、大松へは行かなくなった。大松はじきに店をたたみ、後には本屋ができた。元がスーパーマーケットだから土地は広い。町の本屋としては比較的に大きな店で、自分も中学まではよく利用したが、しばらく行かない間になくなった。
 その頃には向かいの金魚屋も、とうになくなっていた。

 10年ばかり前、祭りの金魚すくいをやった。妻と自分とで10匹以上すくったけれど、水槽に入れておいたら翌日には3匹死んだ。その翌日にはまた2匹が死んだ。
 生き物を死なすのは甚だ気分が悪い。どうしたらいいかとペットショップで訊いたら、それはきっと酸欠ですと云うので、教わった通りにエアポンプを入れてやったら死ななくなった。
 死なない代わりにみんなどんどん大きくなって、すぐに水槽が手狭になりだした。放っておいたら今度はストレスで死ぬに違いない。幸い、妻が昔熱帯魚を飼っていた90センチの水槽があったので、そちらへ移してやった。これでようやく落ち着いた。
 改めて眺めると、うちの金魚は赤いシュッとしたのとヒラヒラのものばかりである。何だか物足りないようだったから、次の祭りで黒出目金ばかりを狙って、都合2匹捕れたのを、上述の大松を思い出しながら水槽に放した。
 翌日見たらどちらも死んでいた。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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