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魔界転生の記憶

 高三の時にはよく、休憩時間に卓球部の部室で駄弁った。
 自分は軽音部だったのだけれど、どういうわけか、そこにはいつも両部の三年生が集まってトランプで超高速大富豪をやったり、マンガを読んだりして過ごしていた。時には休憩時間を過ぎてもそのまま残って授業をさぼった。校庭の隅に校舎とは別で建てられていたから、そういうことに随分都合が良かったのである。

 誰が持って来るのか、マンガは常に二十冊くらい置いてあった。
 自分はあんまりマンガは読まなかったが、中に興味を惹かれるのが一冊あった。ところが、読もうと思うと誰かが読んでいる。誰も読んでない時にはこちらが超高速大富豪に打ち興じている。どうも巡り合わせが悪い。
 そうして読まずにいる間に、季節は冬になった。そろそろ大学受験がリアルに迫って来る頃で、自分は放課後や休みの日に塾へ通っていた。
 ある時、電車に乗って塾から帰る途中、今部室へ行けばあれが読めると思い付いた。
 学校へ寄るには途中下車をしなければならないけれど、定期券があるから足代は変わらない。少し考えて、結局寄ることにした。

 とうに日は暮れていた。学校に誰もいなかったのは、それだけ遅い時間だったのか、或いは休日だったのか、もう随分昔のことだから判然しない。恐らく休日だったのだろうと思う。
 そうして一人で『魔界転生』を読んで帰った。
 先生にバレたら大変な騒ぎになっていたのに違いないが、幸い誰にも見つからなかったらしい。

 数年後に角川映画の『魔界転生』を観た。ジュリーの演じる天草四郎は随分よかったけれど、作品そのものは話題になった割に何だか今ひとつだった。角川映画にはこういうのが存外あるように思う。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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