アヒル殺し
就職で広島へ帰ったので、叔父と飲むつもりでウィスキーを買って、祖母の家を訪れた。
「こんばんは」と玄関を開けたら、祖母と叔母と中学生ぐらいの娘が出て来た。祖母は「あら」と少し驚いた様子だった。娘は一瞥するなり黙って奥へ消えた。どうも失礼なやつだ。全体、躾がなっていない。
叔母は「あらこんばんは」と言いながら、一瞬面倒くさそうな顔をした。きっと事前に連絡せず、いきなり訪れたせいだろうが、叔母にどんな顔をされようと、ここは自分にとって祖母の家である。祖母の家を訪問するのに、人に気兼ねをする法はない。また次も予告なしで来てやろうと決めた。
遅れて出て来た叔父は「よく来た、よく来た」と随分喜んで招じ入れてくれたので、「お邪魔しますよ」と上がっておいた。ただ、祖母が別段喜んだようでもないのは少し気に掛かった。
「このおじさんはね、今ホームセンターで働いてるんですよ」と叔父は言った。もう二人とも随分酔っていた。既に祖母は休み、叔母も部屋に籠っている。娘はどうしたか知らない。
叔父は元々つくばへ行って、動物を扱う研究所のようなところで働いていたらしい。数年前に祖父が亡くなって、祖母が一人きりになったものだから家族を連れて広島へ戻った。動物の扱いに慣れているので、ホームセンターではペットコーナーの担当になったそうだ。
「動物はねぇ、いいですよ。文句を言わないからねぇ。……裕君はまだ大学を出たばっかりだけど、好きな人とかいたの?」
「それは、まぁねぇ……」
「うん、わかるわかる。皆まで云わなくてもいいですよ。生きていれば色々ありますよ」
全体何をわかられているのかとは思ったけれど、あんまり語りたい話でもないから放っておいた。
「……ここは私には生まれ育った土地ですけどもね、うちのかみさんにはそうじゃないわけですよ。
「知らない土地に連れて来られて、自分の親でもない婆さんの面倒を見るっていうのは大変だと思いますよ。だからケンカをすることもあるけどね、やっぱりあんまり我を張るのもねぇ。それで色々溜まっていたんだけどね、この前何年ぶりかで山に登ったらね」
「うん」
「何かこう、スゥーーーっと、気分が晴れたんですよ」
「ほぉ?」
「俺は一体何をうじうじ考えてたんだろうってね」
叔父はまだ独身だった頃、登山を趣味にしていた。自分も一緒にどうかと誘われたが、裕には無理でしょうと母が勝手に断ったのを思い出した。勝手に断るとは法外だが、意向を訊かれても面倒がって断ったろう。
「本当はねぇ……、あの時山で死のうかとも思ってた」
ペットコーナーでは、売れ残って大きくなった動物を処分に回すのだと云う。ある時アヒルが1羽残ったが、殺してしまうのが気の毒だったから、引き取って家へ連れ帰った。
アヒルはじきに大きくなって、卵を生みだした。
叔父は毎朝それで目玉焼きを作るのだけれど、娘は気持ち悪がって食べないそうだ。
「娘はもう中学生になったけどね、試験前なんか、『アヒルの鳴き声がうるさい、殺す』って言うんですよ」と叔父が言った。