一人旅
飲食チェーンの店長だった時、首都圏エリアの店長全員で鬼怒川温泉へ行ったことがある。一泊旅行だった。
云い出したのはエリアマネージャーだった。会社は一応週休二日制だったけれど、休みが取れない店長が多かったから強制的に休ませる狙いだったろうと思う。
現場サイドとしてはあんまり嬉しい話ではなかった。休めない者には無茶振りだし、休めている者には休みを行きたくもない旅行に奪われる。自分は後者の方で、後輩の井上に、思い出す度「行きたくない、まじ鬱陶しい」とぼやいた。
せっかくの休日に、何を好き好んで上司や他の店長に会わなければならないのか。そう云ってやると井上は、こればかりはしようがないでしょうと苦笑いした。
前夜、仕事を終えた後で一応準備はしたけれど、やっぱりどうにも行きたくない。それなら仕事をしていた方がいいとまで思える。
その時分、休みの前夜はいつも遅くまで遊んでおり、明日のために早く寝るなんて本当に嫌だったから、いつもと同様に夜更かししてやった。
翌日は十時に東京駅で待ち合わせになっていたが、目覚めたら九時四十五分だった。当時の住まいは町田だったので、到底間に合うものではない。
やっちまったと思ったところへ、ブロックマネージャーから電話が来た。
「おい、そろそろ着くか?」
「すみません、今起きました。まだ家です」
「な……まじか」
「すみません」
「……ちょっとこのまま待ってろ。スーパバイザーと相談する」
スーパーバイザーは調理指導を担当する、亀に似た老人だった。
少し待った後でマネージャーは、「しょうがないから、先に行く。お前は追っかけて来い。今からスーパーバイザーに替わるから、ルートを教えてもらえ」
もうしょうがないからお前は来なくていい、と云われるのを期待していたから、それでまたどんよりした。
スーパーバイザーは、浅草で何トカ線に乗り換えて来ればいいと教えてくれた。
浅草から鬼怒川へ直接行けるとは、何だか意外な気がした。
浅草って、雷門の浅草か? 本当にあそこから行けるのか? と訝しんだけれど、もし違っていたらそれは説明が悪いので、今度こそ「もう来なくていいよ」となるだろう。まぁ、行くだけ行ってやろうと腹を括り、期待しながら行ってみたら、果たして何トカ線は浅草から出ていた。
駅の売店でビールを買って列車の中で飲んでいたら、段々気分が良くなって、たまには旅もいいような気がしてきた。
何だかレトロな雰囲気の列車で風情があった。車内のテレビで藤田まことを見たような気がするけれど、これはあんまり判然しない。テレビ自体が自分の思い違いかも知れない。
そのうち鬼怒川温泉駅に着いて、改札を出たらあくびが出た。