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高速塩焼き

 新幹線の車内販売を近頃見ないと思ったら、知らない間に廃止されていた。回って来られても何も買わないけれど、無いとわかると何だか淋しいように感ぜられる。

 ある時、新幹線が動き出した後でトイレへ行こうとしたら、車内販売の女性スタッフが通路で接客していて通れない。
 仕方がないから少し離れた所で通路が空くのを待っていると、後から来たおじさんが、ワゴンと座席の僅かな隙間を無理やりこじ開けながら通り抜けた。女性スタッフも大いに困惑した様子だったが、おじさんは一向構わず、スタスタ歩いてトイレへ行った。
 あの野郎、と思ったことを、今でもはっきり覚えている。

 小学生の時、東京から広島まで、叔母に連れられて新幹線で帰ったことがある。
 昼時になって車内販売が来たので、従姉妹と妹は叔母にサンドイッチを買ってもらった。
「どれにする?」「ハムサンド」「あたし、たまごサンド」とやっているのを聞きながら、自分はどうもサンドイッチの気分になれない。どうしたものかと思っていたら、叔母が「裕君、他の物がよければ他のになさい」と言って来た。「後でお弁当も売りに来るから」
 それで自分はサンドイッチを見送った。
 ところがその後、車内販売が待てど暮らせどやって来ない。その内にみんなサンドイッチを食べてしまった。自分一人が食べ損なった形になって、どうもあんまりいい按配ではない。
 それでとうとう叔母が「もう少しだけ待ってみて来なかったら、ビュッフェへ行こうか」と言い出した。
「ビュッフェって?」
「食堂車よ」
 この当時の新幹線には食堂車があったのである。自分はこれまで使ったことがなかったから、何だかわくわくした。
「ビュッフェへ行くの?」と従妹が言った。
「もう少しだけ待ってみてからね」
 そう言った途端に弁当売りが来た。見ると幕の内弁当しかない。
「他にはないですか?」
「すみません、幕の内だけなんです……」
 鯖の塩焼きとか玉子焼きを食べながら、これならサンドイッチの方が良かったと思った。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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