悪口書簡
先日、運動会の話を書くのに須藤のことを考えていたら、よけいなことまで思い出した。
小2の時に自分は伊神と親しくなった。
お互い随分気が合って毎日のように一緒に遊んだけれど、3年生ではクラスが分かれた。それから自分は同じクラスの松岡と遊ぶようになり、伊神は須藤と仲良くなったようだった。
ある時、学校で伊神と須藤が寄って来た。何か用かと思ったが、伊神は何だかもじもじするばかりで何も云わない。
「返してくれって云うんじゃろ」と、須藤が先導すると、伊神は意を決したように「〇〇大百科を返してくれ」と言った。
〇〇が何だったかは覚えていないが、ウルトラマンだか仮面ライダーだか、その類だったに違いない。
当時は『〜〜大百科』と題した文庫サイズの分厚い本が子供向けにたくさん出ていた。発行元は勁文社と小学館で、勁文社の方が内容が濃くて人気があった。
伊神が返せと云う〇〇大百科は、自分の□□大百科と交換したものである。
「ええけど、それなら□□大百科も返してくれや」と言ったら、伊神は黙って頷いた。
それて話はついたけれど、一度交換したものをやっぱり返せは面白くない。
全体、自分と伊神の話なのに、須藤が先導したのも気に入らない。きっと伊神は唆されたのだろう。そう考えたら須藤がいよいよ憎たらしい。まんまと流される伊神にも腹が立つ。
考えるほど不愉快になって、松岡に事情を話した。
「それは良くないねぇ」
松岡はこちらの怒りに賛同した。それで自分はメモ用紙を2枚用意して、1枚を松岡に手渡した。
「これにあいつらのことをボロクソに書いて、挟んで返しちゃる。松岡君も書いてや」
「ええよ」
松岡は何だか目を輝かせた。
何と書いたかはもう覚えていない。何でも随分酷く書いたのは間違いない。それを二人で読み返した後、〇〇大百科のちょうど真中辺りのページへ挟んで伊神の家へ持って行った。
直接渡すのはやっぱり面白くないから、郵便受けに入れて帰った。
夕方になって、「何か、郵便受けにこんなのが入ってたよ」と母が□□大百科を持って来た。それを見るとまた腹の中がもわもわし出して、受け取ったまま本棚へ戻した。
3日後に学校で、また須藤と伊神が寄って来た。
「□□大百科、返っとったろ?」と須藤がニヤニヤしながら言う。そうして二人で顔を見合わせて、やっぱりニヤニヤ笑う。相変わらず不快なやつらだ。
「中、見た?」
「いいや」
「ふぅん」
須藤は何だか意味ありげな笑いを浮かべ、そのまま去った。伊神は何も喋らずに、須藤について去った。その背中を見ながら、自分はぺっと唾を吐いた。上手く吐けずにシャツに付いて、またムカついた。
家に帰って□□大百科を開いてみたら、思った通り紙が挟まっている。どうやらこちらの悪口雑言が書いてあるらしい。随分汚い字だと思ったきり、読まずに捨てた。