俺の望みは「BTS」。
散髪の話なんですけどね。
物心ついたころからオッサンの今に至るまで、髪型はずっと短髪で通してるんですよ。子どものころはスポーツ刈り、成人してからはソフトモヒカンorオシャレ坊主ってな具合に。
パーマかけるどころか長髪にしようって発想すらなくて、もみあげに髪がかかったらそれが床屋へGOの合図だと思ってました。
おあつらえ向きに、学校の校則には
「もみあげに髪がかかる以上の長髪は大和男子(やまとおのこ)の髪型に非ず」
みてーな一文があったんでね。校則に食ってかかるイケメンやヤンキーを尻目に、これ幸いとばかり校則の尻馬に乗っかってきました。
何ならオッサンになった今でも、その時代錯誤の校則を遵守してますね。積極的にPTAに媚びていくスタイル。
ただ、ここ最近は不精やらタイミングやらの問題で、ガラにもなく髪を伸ばしっぱなしにしてまして。
ほったらかしの頭髪はもみあげどころか耳を覆い隠す有様、襟足だってヤンキーママのお子さんよろしくパツキンに仕上げられそうなゆとりある長さ。
校則なんてもんは存在しなくなっても、心の中の体育教師からは鉄拳を頂戴しかねない体たらく。さすがにそろそろどうにかすべえと思い、なじみの床屋に予約を入れたわけですな。
で、その事を職場で報告してみたら。
同僚(女性)
「へー、どんな髪型にするんですか?」
俺
「いや普通に短髪ッスよ。もともとそういう髪型で、今のこの状態が珍しいんです」
同僚
「えーそうなんですか?今の髪型似合ってるのにもったいなーい」
俺
「ハハハ、オッサンに世辞言ってもしょうがないでしょう」
同僚
「そうだ!どうせならプードルヘアーにしません!?」
大の男をプードル呼ばわりだとこの野郎。
俺
「は?何すかそのプードルヘアーって。もしかしてアレか、『オメーみてーな軟弱者にはプードルの真似事がお似合いだぜチワワちゃん』ってことですか。ははあ中々うめーこと言いますね」
同僚
「ブフッ(飲んでた茶をむせる)ち、ちがッ、そうじゃなくて、BTSのテテ君の髪型ですよ!くるくるふわふわでかわいいパーマなの!」
俺
「いや、テテ君だか父親(てておや)だか知らんけど、そんなチャラついた髪型にはできないッスよ。BTSつったらアレでしょ、韓国のイケメンアーティストだか何かでしょ?あんま詳しくないけど」
同僚
「ええー、よく知らないのに否定から入るんですかあ?良くないですよそういうの」
なるほど、確かに一理ある。よく知らんものを頭ごなしに拒否するのはそら良くないことだわな。
そう思ってスマホで画像検索してみたら。
思っきし「人生で1回だけできる髪型」とか書いてるじゃねえかこの野郎。
いやいやいや、これはいかんでしょ。
イケメンの二十代ですら人生で一度だけ許される髪型をだよ、普通の三十路のオッサンがやったらだよ?それだけで事案じゃねえか。
そもそもウチの職場って結構お固いイメージなんだから、その点から言っても許されるわけがない。
それより何より、そもそもこの髪型ってアレじゃねえか。
完全に”WORST”の九里虎(グリコ)じゃねえか。
どっちにしたってカタギがやっていい髪型じゃねえだろ、コレは。
俺
「うん。パスで」
同僚
「ええー!?実物見てなお嫌がるんですかあ!?」
俺
「むしろよくあの実物でその気になるって思ったな。こんな髪型にした日にゃあ社会的制裁待ったなしでしょう。僕ぁまだ死にたくないんですよ、寿命的にも社会的にも」
同僚
「大丈夫ですよぉ!もし何か言われたら、私がちゃぁんとフォローしてあげますから!!」
俺
「ほう、何て?」
同僚
「(満面の笑みで)『夏だからしょうがない』って!!!」
俺
「うん、なんでも夏のせいにするのは失礼だなって思うの。夏と俺に対して」
― ― ―
そんなこんなでね、やってきたわけですよ、行きつけの床屋に。
マスター
「おータケさん(俺)久しぶり!」
俺
「やーどうもご無沙汰してます。最近不精にしてたもんで」
マスター
「いやー結構伸ばしましたねえ、こんだけ伸ばしたんならいっちょキメちゃいます?今ならたぶんイケますよ!」
俺
「え、何を」
マスター
「(満面の笑みで)アイパーリーゼント!!!」
なんで揃いも揃って反社会的な提案しかしてこねえんだ。
俺
「いや、普通にいつもので頼んますわ。冒険するにはちょいと薹(とう)が立ってるもんで」
マスター
「はァ~!?なァにをじじむさいコト言ってんスか、僕より二十は若いんでしょう!?冒険なんてし放題ですよ、なろうと思えば海賊王にだってなれますわ!!!」
俺
「うん、マスターのその元気はどっから来てんですかね。仙豆でも食ったの?」
~カット中~
俺
「・・・で、髪を切るって職場で言ったらね、同僚の女の子が言ってきたんスよ。どうせ髪をいじるんなら、BTSがやってるプードルヘアーにしろって」
マスター
「は、BS?なんで衛星放送の話になってんですか」
俺
「ああですよね、伝わりませんよね。僕にしたってギリギリ知ってただけですし」
マスター
「んん~、BS?はともかくプードルヘアーねえ。ヤベえ、プロだけど知らねえぞそんな髪型」
俺
「えーとアレですよ、”WORST”のグリコみたいな髪型です」
そう言った瞬間、マスターの鋏がピタッと止まって。
「なァんでそれを早く言ってくんないんスかぁ!!!」
怒られました。客なのに。
マスター
「はいはいはいグリコのあの髪型ね、そうならそうと早く言ってくれればいいじゃないッスかぁ。うわー勿体ないことしたなあ、もうカットだいぶ進んじゃってますよ。こっからグリコは流石の俺でも無理だなあ」
俺
「いや、そもそもグリコみてーな髪にするだなんて言ってないですからね?いつも通りの短髪でいいんスよ、マスターの磨き上げた腕はそのためにあるんですから」
マスター
「見くびってもらっちゃあ困りますよタケさん!こちとらグリコどころか、やろうと思えば武丸(たけまる)にだって仕立て上げられるっつーの!」
俺
「は?武丸って、”特攻の拓(ブッタク)”の?」
マスター
「武丸つったら他にはおらんでしょう!当然”魍魎”の”武丸”さんっスよ!!」
その人、一生に一度すら許されない髪型してるんですが。
俺
「論外ッスね」
マスター
「ええっ、タケさん武丸が嫌いなんスか!?同じような名前してんのに!」
俺
「いや好きとか嫌いとかじゃなくて、そもそもアウトでしょ。社会生活を放棄しろって客に言うんスか」
マスター
「とんでもない、お客さんにそんな事言いませんよ!ただ僕ぁ、ツルハシ片手に単車転がすのが似合う漢(オトコ)にコーディネートしたいだけなんスよ、タケさんを!!!」
俺
「ちょっと待って、いっそマスターの考える社会生活に興味出てきたわ」
― ― ―
ヤンキー漫画大好きのマスターをなだめすかして、ようやっといつもの短髪に仕立て上げてもらいまして。
出勤してみたらば、案の定言われたわけですよ。
同僚
「ええっ竹井さん、なんでプードルヘアーじゃないんですか!?あっでも意外と短髪似合ってますね!」
俺
「うん、ありがとう。最初の一言がなかったらもう少し素直に受け取れたと思うわ」
同僚
「ていうか、ちゃんとお店の人に伝えました?BTSのテテ君みたいなプードルヘアーにしてくださいって」
俺
「一応その話はしたんだけど」
同僚
「おっ、そしたら!?」
俺
「9ヶ月間出禁にされかけた」
同僚
「は???」
俺
「プードルヘアーの100倍は社会性をかなぐり捨てた髪型を提案された挙げ句、
『下準備として9ヶ月はウチの店に来ないで髪を伸ばしてください。そうすればタケさんを真の武丸に仕上げてみせますよ』
って言われた。どうにか思いとどまってもらったけど、危うく他の店を探すハメになるとこだった」
同僚
「は・・・9ヶ月?え?た、たけまる???」
俺
「・・・・・・」
― ― ―
もううんざりだ。
たかが伸びきった髪を切るだけで、なんでここまでおもしろ可笑しい髪型を提案されにゃあならんのだ。
もう、不精はやめよう。
どんなに忙しくても、ほどほどの長さの髪になったら、即カットしに行こう。
己の社会的生命を脅かすような提案をされるのは、金輪際ごめんだ。
俺は、ただ、いつだって。