病院庭園 アリッサム 2022年6月8日 20:22 蒼子さん、亡くなったそうだよ。気の毒に。まだ四十ちょっと前だって言うのに。 それ以来、時々、頭の中にある情景が浮かぶ。 新緑の萌え立つ美しい季節に、若い女性が旅立ち、その肉体は朽果てて行く。女性のまわりを囲んで見守るのは、喪服に身を包んだ親戚の年寄り達だ。 無表情のシワだらけの顔が幾つも並んでいた。 そんな情景を彼女はどんな思いで見ているのだろう。 死ぬときは、ピンピンコロリではなく、ガンで死にたい、最後にいろいろやる時間が残されるから。 そういう人がいる。自分は助からない。死んでいくのだ。そんな現実を淡々と受け入れて、前向きな気持ちで最後まで過ごせるのだろうか。痛みをコントロールしながら、避けようのない最後を静かに受け入れられるのだろうか。 この美しい世界の中で自分ひとりだけ朽果てて行くのは、それだけで耐えられない気がする。 蒼子さんは、美しい人だった。最後に会ったのは、去年の5月だった。よく晴れた日で、蒼子さんは日傘をさして立っていた。 その時、私は病院帰りだった。 今日CT撮影の結果を聞きに行ったの。先生が頭の画像を見せてくれたから、脳ミソ縮んでないですか?って聞いたら、笑って大丈夫、しっかり詰まってますから、まだまだ働けますよ、脳ミソの詰まりを見るのは目的外使用だけどね、だって。 そう話したら、ひどく笑っていた。その笑顔を見て、美しい人だと心から思ったのだった。 #今日の話 #病院庭園 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? サポート