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シャッター音は、約束の始まり

夕刻。お盆前最後のメールを送信し、思い切り伸びをする。

「んぎぎぃ………っ、とぉ!」

脱力してぐおんっと降ろす腕。
と、その背中で鳴るシャッター音。

「ん?……って、あ!せんせ!」
「ふふ、バレちゃったか。今日もお疲れ様だったね」

カシャッともう一度シャッターを切り、にこっと笑う彼。
まるでいたずらっ子のような笑顔が可愛らしい。

「もう、撮るなら撮るって言ってくださいよ」
「ごめんね。でも君の伸び、見ていてすごく気持ちいいからさ」

悪びれる様子もない笑顔が子どもみたいだ。
初めてカメラを持たせてもらった男の子みたいで、どこか憎めないのがちょっぴり悔しい。

「ま、良いですよ。…というか、そのカメラ使ってるの初めて見るかもです」

そのカメラ、というのは彼の手に収まる一眼レフのこと。
思えば旅の持ち物リストにも入ってたし、トランクに入れているのも見たのに、使っているところに立ち会ったことがない。

「そうか、君はここに来てからは初めてだよね。実はここに来てからずっと、夕方にお散歩に行って撮ってるんだよ」
「え、そやったんですか!」

初耳だ。でもそういえば、お仕事中にドアが開く音が遠くから聞こえていた気がする。
あれはカメラと共に「お写ん歩」しにいく音だったのか。

「お仕事の邪魔になるのも嫌だからね。それで、ちょこちょこっと…家の周りだけど散歩して、写真を撮ってたんだ。フィルムがいっぱいになったら、現像して君に見せようと思って」

「えぇ…そんな、ありがとうございます」

私が仕事してる間、そんなことが起きていたのか。
見えなかった福永せんせの時間が見えた驚きと、傍に居なくともその時間の中に私の存在が確かにあることを感じて、胸がじんわりと暖かくなる。

「どういたしまして…かな?僕がそうしたいからしているだけなんだけどね」

そう言いつつ、手がそっと私の髪に触れる。
センターパートの前髪に、骨ばった指が触れる感触が、甘くくすぐったい。

「ちなみに、もう明日には現像に出しに行くんだ。さっきの君の笑顔が、このフィルムの最後の1枚だったからね」
「え!マジですか…気の抜けた顔してませんでした?」
「気の抜けた顔だっていいよ。僕には、どんな顔の君でも愛らしいから」

照れることを言うなぁ、もう。
頬が、じゅわっと熱くなるのを感じる。

「あ、そうだ。明日からはお休みだろう?」
「はい!やっと明日から全社でお盆の休暇に入るので」

ご多分にもれず、一応我が社もお盆休みだ。
こちらに来てからあまり意識していなかったけど。

「じゃあ折角だし、一緒にカメラ屋さんまで行かないかい?カメラも持ってさ、写真を撮りながら行こうよ」
「わ、いいですねそれ!楽しそう!」

お写ん歩デート、というところか。
互いの視点が、見るものが、暖かく楽しく交差するのを想像してワクワクする。

「じゃあ、今のうちに私もカメラ充電しておきますね!」
「そうか、『でじいち』は電気で動くんだものね。ちゃんと動くようにして、明日に備えるんだよ?」

折角の機会なんだからさ、とワクワクした顔。
何だか、つられて私もソワソワ、わくわくしてくる。

彼は何を撮るんだろう。
私と彼は、同じ風景で何を切り取るだろう。
知りたい。分かち合いたい。一緒に風景を楽しみたい!

「勿論ですよ!一緒にたくさん、楽しく撮りましょうね」

好奇心を乗せて思い切りよく返せば「うん、よろしい!」と笑う彼。
太陽のようなその笑顔が愛おしくて、私も向日葵のようにニカッと笑い返した。

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