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追分、初仕事のあとに

「………いよっし、終わったぁぁぁ!」
思い切り声をあげて、ぺしゃっと畳に大の字で倒れる。

と、階段をたんたんっと登る音。

「ふふ、終わったんだ?下まで声が聞こえてたよ」
顔をのぞかせるのは福永せんせ。
どうやら先に湯を浴びてたらしく、さっぱりした顔だ。

淡い紺の浴衣に、生成の帯がやわく眩しい。
微笑ましい、という言葉の通りの表情に、つい顔が赤らむ。

「あ、すみません…こっち来て初仕事やったんでつい……」
「いいんだよ。初仕事、お疲れ様だったね」

ぽんぽんと頭、もとい額を撫でられる。
お化粧がほんの少し崩れるけど、気にならないくらい嬉しい。

「ありがとうございます。福永せんせも、執筆お疲れ様です」
「ふふ、ありがとう。中村に頼まれた分も、無事に目処が立ちそうだからね。安心して」

土曜の夕方に追分に着いて、はや4日。
私と福永せんせは、玩草亭にてやっと「ここでの日常」を過ごせるようになった。

思えば、ここまで目まぐるしかったと思う。
土曜はひとまず寝る部屋のお掃除。
日曜は朝からご近所さんへの挨拶と、1日かけた大掃除。
そして月曜、掃除の反動で福永せんせも私もくったくたになって、まる1日横になって休み。

バッタバタで、くたくたで、でも2人だから楽しくて。
大変なはずなのに、笑い合えて。
そう、きっとそれは…

「……ふふ、」

「ん、どうしたんだい?」

「や、福永せんせとだから楽しいんだなぁって」

「……何だ、急に照れるじゃないか」

もう、と額を軽く叩かれる。
センターパートの額が、ちんまりした音を立てる。

「や、だってそうですもん。荷解きに掃除に挨拶に…1日くたくたで動けなくて、それから働いて。なのに、楽しいんですもん」

きっと、1人で追分に来たって、こうはないだろう。
掃除する場所の多さに辟易し、ご挨拶で疲れ、クタクタな時間もほぼ「無」だったに違いない。

「連れ出してくれるのが、ここに一緒にいるのが、福永せんせだからです。……そいやなかぎ、説明のつかんです」

つい気を抜いて、ぽろっと方言が出る。
私にとってはそれだけ、心からの言葉だってことの証左な訳で。

「……そやんね?…そいないば、そやん思っとこうかね」

福永せんせも、つられて方言。
照れくさそうに笑う顔は、ほんの少し赤みを帯びていて。

「ほら、そいぎ君もお風呂に入ってきんさい。上がったら、今日は素麺にでもしようか」
「ですな。…よーし、ほいたら動かんばですね!」

よいしょっ!と反動を付けて起き上がり、PCの電源を切る。
そいぎ、とサムズアップして階段を降りる途中、
転ばんごてね、と彼の笑う声がした。

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