駅に着いたときに、スマホがないことに気がついた。
「チッ、机の中に入れっぱなしだ…」
俺は、学校へ戻った。
中学からずっと帰宅部だったから、放課後に来るのははじめかもしれない。
「ヘーイパス」「行ったぞ」「ナイッシュ」
「必死に汗を流して何になるんだろう」と汗を流すサッカー部を横目に教室に向かった。
「うぅうぅ、、、」
教室に入ると一人の女の子がうつむいてた。
それが、みゆきだ。
夕日を浴びる彼女に、心がソワソワした。
「あ、田中くん、どうしよう」
俺に気づいて話しかけてきた。
涙ぐむ女の子を生で見るのはじめてだ。
彼女の手には一枚の紙を持っていた。
「これ、何に見える?」
「え、アザラシかな…?」
「うぅ、、、犬」
「え、これが犬?足はどこ?」
「このままじゃ、文化祭に間に合わないよ」
そういえば、来週、文化祭だったな。
「ちょっと、貸して」
俺はそのまま犬を描いた。
「すごい田中くん、絵がうまいんだね」
「ああ、ちょっとね」
「この絵なら、ひと目で分かるよ、ありがとう」
「あぁ、これぐらいなら簡単だよ」
「よければ明日も一緒に絵を描いてくれない」
「いや、俺忙しいし」
「こんなうまい絵が描けるんだからもったいないよ。私、この絵大好きだし」
「んーわかったよ。暇だったらね」
スマホを机から取り出し、そのまま帰った。
家につくなり、クロッキーブックを開いた。
無心で手を走らせていると、そこに一匹のレトリバーがいた。
とてもかわいくて愛くるしい顔をしている。
放課後トイレで深呼吸して、教室に戻ると、みゆきが待っていた。
まるで花火のように一瞬で笑顔になった。
「来てくれたんだ、田中くん。今日もお願いしたいんだけど」
「あぁ、で、今書いてるのって何?」
「えー、カレーだけど…」
「いやいや、貸して。カレーは、艶が必要だと思うんだ、そして、ひとつひとつの米を描く。そして最後にパースを確認して、よし」
「うわー、おいしそう、これならいっぱいお客さんくるね」
そうこう準備をすすめているうちに、文化祭の前日になった。
「よーし、残すは黒板のみだね」
「楽勝だよ」
「本当、ありがとう、田中くん」とみゆきが手を握ってきた。
なんだ、このドキドキ。爆発しそうだ。
「おー、みゆき、こんな時間まで何やってんだ?」
野球部のエースのさとるが教室に入ってきた。
「さとる。見て見て、これ全部、田中くんが描いてくれたの」
「へーすげーじゃん、うまそう」
「でしょー、後は、黒板に大きな絵を描くのみ」
「じゃあ下駄箱で待ってるから、終わったら来いよ」
「わかった」
え、どういうこと?手が震えてるし、足に力も入らない。呼吸も苦しい。
こんな姿を見られたら変だと思われる。どうしよう。
「大丈夫、田中く…」
「なんでもないよっ。俺、やんなきゃいけないことあるから帰る」
「え、でもまだだよ、それに田中くんの絵があればきっと素敵に…」
「俺の絵?ちがうよ、うまい絵がほしいだけだろ、別に俺じゃなくたって描けるよ、じゃあね」
そのまま走って出ていった。「ごめん」と小さく聞こえた気がする。
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