「お前に頼んで本当によかったよ、この服のおかげで、彼女とまたデートできることになったからさ。また頼むよ」
「ああ、それはよかった」
「次は、もうすこし派手なのがいいな。彼女は花が好きらしいからさ」
「わかったよ」
「よろしくっ」
男性が入れ替わりで、ひとりの女性が入ってきた。
「あのー、ここが勝負服をつくってくれるお店ですか?」
「ああ、そういう人もいますけど」
深呼吸した女性から重い声で
「SoftRankの社長を落とす服がほしいんです」
「え、あの携帯電話のですか?」
「はい、むずかしいですか?」
「いろいろ教えてもらうことになると思います」
また玉の輿に乗りたいと思う女性か、と男は思った。
翌日から、会ったことのない社長の話を聞く日々が始まる。
「彼は、赤い車がお気に入りなの」
「彼は、ひまわりが好きなんだって」
「彼は、私より一回り上なの」
「小さいときに猫を飼っていて、グレーの猫だったの」
雑誌やインターネットには載っていないような情報まで知っていることに驚く男。
「なんで、そんなに詳しんですか?」と聞くと
「気になる?そのうち教えてあげるね」と彼女は笑顔いっぱいで答えた。
そんな彼女の表情や気持ちを目の当たりにしていくうちに、彼女のことが気になり始めた男。
「僕はプロだ。こんなところに私情を挟んではいけない」と自分に言い聞かせて、彼女からの情報を聞き続けた。
勝負服のイメージが浮かび、デザインを始めたが、男の中である気持ちが浮かび上がる。
「彼女に似合わない服をつくってしまえば、社長との恋はうまくいかないだろう、そうすれば自分にもチャンスがあるかもしれない」。
彼は急に青ざめて、自分の考えを振り払った。
「そんなことをして喜ぶのは自分だけだ…。僕は勝負服の仕立て屋だ、彼女の本当の笑顔が見たい」
そこから一心不乱に、生地を切り始めた。気づけば、うっすら太陽が顔を出している。
「うわー、すてき。ひまわりのように華やか。あなたに頼んで正解だったね、ありがとう」。
「いえいえ、私は服を作ることしかできませんから。それでは、お気をつけて」と彼女を送り出す。
うつむいていた男が、顔を上げ窓の外を見ると、雨が降りはじめていた。
数日後、満面の笑顔の彼女が来店した。
「こないだはありがとう、おかげでうまくいったわ」。
「そ、そうですか。それはよかった」。
「浮かない顔して、どうしたのよ、ねえお姉ちゃん」。
彼女の後ろに、少し年を重ねた女性がいた。彼女と背丈は同じだった。
「素晴らしい服をありがとうございました」と深く頭を下げる女性。
話を聞くと、社長と女性は、小中高の同級生だったらしい。
お互い思いを伝えられずに卒業してしまったのだが、このままでは良くないと、同窓会に向けて、妹が仕立て屋で服を新調した。
その服があってか、連絡を交換して、二人で食事に行くことになった。
「今度は、食事に行くための服をつくってほしいの」と伝える彼女。
「わかりました、次はどのような服にしましょうか」
「お姉ちゃんと話ししてよ」
「そうですね、あとあなたの服もつくりませんか」
「いらないわよ、私、勝負するところないもん」
「いえ、これは僕が勝負する服なんです」
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