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「ひろしくん、その唐揚げおいしそうだね」
「なんだよ。やんねーぞ、たくや」
「お願い、ひとつでいいから」
「しょうがねーな」
「おいひー」

平然と聞き流しているように見せかけていた私は、放課後にひろしくんを呼び出した。
「なんだよ、こんな時間に」
「お願いします、私に料理を教えてください」
「はぁ」
「お願いします」
「理由がなきゃ教えねーよ」
「お、お母さんが、唐揚げ好きなんです」
「え、そんなん…」
「おいしい唐揚げを作らないとお母さんの命が……」
「なんかめんどそうだなぁ」
「このとおりです」
「わかったから、頭をあげてくれよ」
「ありがとうございますっ、先生」
「先生になった覚えはない」

そのまま私はひろしくんの家で料理を教わった。
「あ、痛い」
「しっかり包丁持てって言っただろ」
「お前、お母さんになんか作ったことあるのか?」
「ちょっと勘がにぶってるだけです、ああ思い出してきた」
「ふーん、で、たくやのどこが好きなんだ?」
「えぇぇぇぇ、何言ってるんですか、◯▲□☓☆※◎」
「いーよ、最初からわかってたから」
「ああ、そ、そうなんです」

小学校の時、私が野良犬に襲われたことがあった。
怖くて動けない私の前に、たくやくんが現れて、犬をなだめてくれた。
その日から、たくやくんは私のヒーローになった。
他の人は少しぽっちゃりしてて、どこがいいのって思うかもしれない。
けれど、あの優しさは、地球一だと思った。

「んで、会話のきっかけに唐揚げを使おうとしたのか」
「いえ、ちがいます」
「じゃあなんでだよ」
「なんか、うまくいえないんです。そういえば、なんで料理をしてるんですか?」
「ああ、両親がいま海外で働いていて、オレ一人なんだよ」
「そうなんですか」
「で、料理してたら楽しくなって、いろいろ覚えたってわけ」
「えー、私のお母さんも海外いかないかなぁ」
「病気じゃないのか?」
「う…」
「まあいいや、続きやるぞ。すりおろした生姜とにんにくを合わせて入れろ」
「その後に、スイートチリソースとナンプラーを入れてよく揉む」
「で、しばらくつけたのがこちら」
「おおっ」
「最後に片栗粉をつけて、揚げるだけだ」
「美味しそうな匂いです」
「ちょっとエスニックな味がしてご飯にも合うんだよ」
「ありがとうございます」
「でもさ、緊張するなら手紙とかで思いを伝えてもいいんじゃない」
「私、たくやくんと同じものを好きになりたいと思ったんです。何を考えているのかわかるかもと思って」
「唐揚げ食べてわかったか?」
「い、いえ…まだ食べる数が足りてないんだと思います」
「そっか、明日からがんばってみな」
「そうします、ありがとうございました、失礼します」
「おう、なんだよ、オレの気持ちはお前の好きなもの知っても、全然お前の気持ちがわかんないけどな」

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