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誰も知らない取材ノート✦〔序章7〕


中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

まず、SNSでの情報収集から始めることにしました。その日私は会食を終え、帰宅するとすぐにインターネットを開きました。「浅野大義」の名前で検索してみると、さすが現代っ子、当たり前のようにツイッターもフェイスブックもやっています。まずはフェイスブックを見てみることにしました。大義くんのフェイスブックの表紙は、畳の上に並べられた四本のトロンボーンの写真でした。大義くんの持ち物かな、と思いました。アイコンに使用している顔写真は、遺影の写真よりさらに幼く感じる笑顔でした。「本当にこの人かな?」と思うほど、顔の印象が違います。名前の下に、こう書かれています。「音楽大学で作曲を学んでいます」そしてプロフィール欄に続き、このような記載がありました。
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尚美学園大学作曲に在学中。
市立船橋高等学校に在学していました。
千葉県船橋市在住。
千葉県船橋市出身。
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たぶん間違いありません、あの浅野大義くんです(フェイスブックは同姓同名の別人物が存在するので注意が必要)。尚美学園大学は川越市にある芸術系の大学です。作曲を学んでいたのか、と思いました。将来はやはり音楽家を目指していたのかもしれません。フェイスブックでつながっている『友達』の数は五百二十八名。一般の大学生にしては多い数字のような気がします。画面をスクロールし、アップされている過去の記事を読んでみました。最新の記事は、二〇一六年十二月七日です。こんな記事でした。
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【お知らせ】
武蔵野音楽大学のトロンボーン専攻生の有志による演奏会です。僕は編曲を担当しました。僕が中学校から今までずっと吹いてきた楽器トロンボーンのための編曲ですから自信を持ってオススメします!
是非お越しください!
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 記事の下にはチラシの写真が張り付けてあります。『Christmas Consert』というタイトルで、十二月十五日に開催されるクリスマスコンサートのチラシだと察しがつきました。四人の女性が写っています。出演者のトロンボーン奏者たちなのでしょう。
また、中学校からずっとトロンボーンを吹いてきた、ということも分かりました。高校を卒業後も吹き続けているならば、十年近いキャリアになります。大義くんのトロンボーン。どんな音色だったのだろうと思いをはせます。このコンサートに大義くんは編曲として関わったとのことですが、気になったのはこの記事の日付でした。二〇一六年十二月七日。大義くんが亡くなったのは二〇一七年一月十二日です。ということは、亡くなる一か月前にこの記事を書いたということです。記事では大義くんの病気は、肺癌だったと書かれていました。一年半の闘病の間に、脳、骨髄へと転移したそうです。この時期、おそらく癌はだいぶ進行していたはずです。想像を絶する痛みがあったであろうに、死への恐怖も間違いなくあったであろうに、(自分が関わったとはいえ)こんなふうに人のコンサートの宣伝をする心の余裕がどうしてあったんだろうと思いました。
画面をスクロールしてひとつ前の記事を読んでみました。二〇一六年二月二十八日にカバー写真を変更したとあります。さっきの記事の約十か月前。記事内容から察するに発病したのが二〇一五年の夏のことですから、この時にはある程度の治療も手術も、経験した後でしょう。入退院を繰り返していたとのことですから、この時期は退院していたのかもしれません。掲載されていたその写真は、大義くんと仲間たちとの集合写真のようでした。ブルーの詰襟ブレザーに銀色の襷をかけています。両隣の女性も同じ服装でした。高校時代の写真でしょうか。大義くんは列の最上段の真ん中で、左手にトロンボーンを持ち、白い歯をのぞかせた満面の笑顔でカメラを向いています。彼らの背景は、夕日に金色に染まる空です。写真の端にちらっと見えるお城があります。記事に寄せられたコメントから、それが大阪城であることが察せられました。大義くんも仲間たちも、とっても楽しそうです。私はさらに記事を遡りました。二〇一五年十一月二十五日に書かれています。
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ジョン・ウィリアムズオリジナルオーケストラスコアがついに届きました!
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 記事の下には楽譜の写真です。映画「ハリーポッターと賢者の石」組曲(ジョン・ウィリアムス作曲)の楽譜でした。先輩と思われる人たちからのコメントが数件届いています。こんな感じのやりとりです。
T:おっ?スコア読んで勉強!?
大義:はい!体調が良い日はそうしてます!
M:さすがでございます。
大義:ありがとうございます!笑
S:(中略)ハリーの不思議な世界は勉強になるよ!!(中略)
大義:先輩も買ったんですね!いつかスコア持って行くのでいろいろ教えてください!
R:(中略)楽しそうだよね!
大義:楽しいです!笑
 このコメントでの会話の「!」の多さに、大義くんのキャラクターが表れている気がします。映画音楽界の巨匠のスコアを前にして本当ににわくわくしているんだなと思いました。私は小学生の頃から高校生までの十年間、ピアノを習っていたので多少は楽譜を読むことができますが、まったく才能のなかった身としては楽譜を読むことが難しくて進級すればするほど苦痛でしかなく、楽譜を読んで「楽しい」と感じることは皆無でした。大義くんのこのわくわく感は新鮮でした。音楽家はみんなそうなのかもしれませんが、自分が好きなことに対して好きだとか楽しいという気持ちをはっきり表現できる人なのかなと思いました。その前の記事も見てみました。日付は二〇一五年十一月九日です。
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【市立船橋高校吹奏楽部出身者によるコンサート】
 僕は金管アンサンブルでの出演予定でしたが病気療養中の為、編曲者として参加しています。トップレベルで活躍される方ばかりのコンサートです。ぜひ12/4は船橋へお越しください。
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 記事の下にはまたコンサートのチラシが貼り付けられています。十二月四日に開催されるという「Winter Concert」の宣伝でした。「病気療養中」という言葉を読んで、思わず胸が痛くなりました。出演予定だったんだ…と思うと、少し切なくなりました。しかしここでも「編曲者として」参加していると書かれています。出演ができなくなっても、できる形で参加しようとする大義くんの人となりが少し分かるような気がしました。
 演奏すること、編曲すること、楽譜を勉強することすべて、きっと音楽そのものが大好きだったんだろうと思いました。

中井由梨子(作家・脚本家・演出家・女優)

代表作『20歳のソウル』(小学館/幻冬舎文庫)
映画化決定!2022年全国公開
出演:神尾楓樹/佐藤浩市


取材を初めて4年。
大義くんが愛した「市船吹奏楽部」はコロナの感染拡大で、苦難の時に立たされています。今年3月に行われた映画のロケでは、部員の皆さん総出で出演・協力してくださいました。顧問の高橋健一先生の熱い想いとともに、部員の皆さんのひたむきさ、音楽を愛する心、市船を愛する心がひしひしと伝わってくる撮影でした。皆さんに恩返しするためにもそして皆さんに出会わせてくれた大義くんに喜んでもらうためにも来年の映画公開に向け、少しでも多くの皆さまに、「市船吹奏楽部」を知ってほしい。私が『20歳のソウル』の前に書いていた取材ノートを公開します。これは、ごく一部の出版関係者の方にしかお見せしていませんでしたが、取材当時の様子が鮮明に描かれた記録です。私自身のことも多く書いてあり、少し恥ずかしいところもありますが、私と大義くんとの出会いを追体験していただけたら幸いです。

皆さまのお心に「市船soul」が鳴り響きますように。

大義くんからの「生ききれ!」というメッセージが届きますように。











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