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【絵本原稿】ほしいものは特別のない"ただの日常"それが特別
【jewels in the cage~かごの中の宝石~】
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①
この檻の中では何でも手に入る。
誰もがキラキラした優しい誘惑に溺れる。
人々はここを宝石箱と呼ぶ。
鍵のかかった宝石箱に閉じ込められたわたしは宝石姫と呼ばれた。
でもわたしにとっては空っぽの檻。
本当にほしいものは手に入らない。
②
綺麗なドレスに可愛いお人形、優しいメイド。
小さい空に狭い庭、ため息みたいな風。
「マリン、お散歩の時間はまだ?」
30分だけ許されている庭のお散歩の支度をしてくれているのは、メイドのマリン。
マリンは若いのにおばあちゃんみたいに落ち着いている。
「パールお嬢様が急いでも時間が早くなるわけではありませんよ」
わたしと同じ9歳の見習いメイドのラリマー。
ラリマーは普段は冷静だけど、子供らしいところもある優しい子。
パール...それが宝石姫であるわたしの名前。
「パールお嬢様、時間に...」
「レッツゴー!!」
マリンの言葉を遮って2人の手を引いて走った。
③
「走らないで下さいとあれだけ言いましたよね?
私たちまで奥様に怒られてしまいました」
「ごめん、ごめん」
ラリマーが拗ねるのが可愛くてついつい口元が緩んでしまう。
「気持ちいい...城の外に出たらもっと気持ちいいのかな」
「私は城の外よりここでパールお嬢様に振り回されて、奥様に怒られるほうがずっといいです」
ラリマーは城の外のことをあまり話したがらない。
「マリンは?」
「私はこの空を知らない場所で知らない誰かが見ていて、この風が知らない場所を通ってここにやってきて、また知らない場所へ行く。それを想像することが楽しいです。」
「それは外の景色を知っているから想像できるんじゃないの?」
「私が外の景色を想像しているとは限りませんよ」
お母様に怒られてムキになっていたのかもしれない。
わたしは大きく深呼吸をした。
わたしはこの2人が大好きだからこれ以上困らせたくはなかった。
「さぁ、今日はかくれんぼをしよう!」
「またですか!?」
「鬼はマリンよ、いいよね?」
「ありがとうございます」
マリンは静かに頭を下げた。
「いいですか、私たちがみていないからってあの場所には絶対に近づかないでくださいよ」
ラリマーは口を尖らせながらいつも通り注意をして背を向けた。
そしてマリンもその場を離れていく。
わたしはその場で仰向けになり太陽の日差しを浴びる。
わたしはとても気分がよく、城から見る空も風も、背中に感じる芝生もなんだか悪い気がしなかった。
④
わたしの部屋の小さな窓でもいろんなことが見える。
マリンと彼を見たのもその小さな窓からだった。
それはマリンが珍しく時間に遅れてきた日のことだった。
ラリマーはブツブツ文句を言っていたけれど、わたしが窓から見たマリンはわたしの知らない顔をしていた。
その表情は幸せを感じさせるのに十分で、同時にマリンを遠く感じさせるのにも十分だった。
この30分だけがマリンを自由にできる。
これでいいんだ。
「部屋に戻ろう...勝手に戻ったらラリマー怒るかな...」
⑤
「パールお嬢様!どうされたのですか!?」
部屋に入ってきたラリマーの反応はわたしが予想していたのとは違った。
「ちょっと疲れちゃって」
後ろのほうで申し訳なさそうにうつむいているマリン。
「本当に疲れちゃったの。ちょっと休ませてくれない?」
大丈夫、うまく笑えていると思う。
「こんなこと1度もなかったじゃないですか」
「ラリマー、行きましょう」
いつも通り優しく、だけど力なくラリマーをなだめるマリン。
「マリン、ありがとう」
扉の音がやけに大きく響く。
自然とため息がこぼれる。
マリンがため息をすると幸せが逃げると言っていたことを思い出して、ため息を吸って飲み込んだ。
ため息をしそうになるたびに飲み込む。
窓から風が吹いてきて、またマリンの言葉を思い出した。
知らない場所を想像してみるけど、何も思い浮かんでこない。
「頭の中まで空っぽになっちゃったのかな」
わたしの声が空気に溶けて消えていく。
またため息を飲み込んだ時、聞いたことがない声が聞こえて心臓が跳ねた。
「体に悪そうだから出しなよ」
⑥
「誰?」
「ここだよ」
とひとつのクッションがピョンピョン跳び跳ねていた。
わたしは驚きすぎて、口を開けて固まっていた。
「大丈夫?」
と笑いながら言うクッションに、わたしは小刻みに頷くことしかできなかった。
そのとき部屋がノックされた。
「は、はい」
「マリンです。入ってもよろしいでしょうか」
とりあえず目の前にいる訳のわからないクッションを動かないように抱いた。
「どうぞ」
「失礼します。パールお嬢様、申し訳ありません。今後、私へのお気遣いは大丈夫です」
「わたしは気遣いなんてしてないよ。わたしはしたいようにしているだけ。マリンがそんな風に謝ると、なんだか悲しくなる。それともわたしが困らせているの?」
「いいえ、とても嬉しかったです。でもパールお嬢様が嫌な思いをされる方が嫌なのです」
「マリン、わたしも恋できるかな」
「してほしいと思っています」
マリンは嘘をつかない。
できるとは言わない。
それはわたしも分かっていることだけど、できると言ってほしかった。
「じゃあ、そのときは相談にのってね。恋の先輩として」
大丈夫、うまく笑えていると思う。
マリンが出ていくのを見送って、ベッドに倒れこむ。
行き場のない気持ちに振り回されて疲れる。
「あーーーーーー」
クッションに顔を押し付けて叫んだ。
「うるさい!」
「忘れてた」
ちょっと恥ずかしい。
「いい顔するじゃん」
どんな顔をしていたんだろう。
今日は少し暑い日なのかもしれない。
⑦
あのクッションはどうやら悪いクッションではないらしかった。
また秘密が増えてしまった。
でもこの秘密はなんだかわくわくする。
わたしはクッションに名前をつけたけど、気に入らなかったらしく自分で「ルシ」と言った。
ルシはいたずら好きでマリンやラリマーがいる時も動いたり、喋ったりしてわたしを困らせた。
夜はルシと一緒にベッドで話をした。
ルシには本音を話すことができた。
おしゃべりの魔法をかけられたみたいだった。
「不自由なことは何もないの。こんな贅沢なことはないって分かってる」
「パールは自由の檻の中にいるんだね」
「パールって呼ばないで!」
咄嗟に出た言葉に戸惑ってルシに背中を向けて、わたしは乱暴におやすみを言った。
本当に魔法にかけられたみたいだった。
⑧
次の日ルシは動かないし、喋らない。
わたしは気持ちが荒れていて、マリンとラリマーに当たって追い出してしまった。
久しぶりの1人だけの部屋。
マリンにもラリマーにもルシにも謝りたい。
わたしは何でもあるこの部屋のものを繋げて窓から外に垂らした。
あれをプレゼントしたらきっと喜んでくれる。
それでちゃんと謝ろう。
お母さまには怒られそうだけど、バレなかったら大丈夫だよね。
⑨
城の地下にはわたしが会ったことがない人たちが働いている。
そこはわたしが近づいてはいけない鉱石園が入り口になっていて、鉱石園は簡単には見つけることができないようになっていた。
鉱石の中には"ラフ"という珍しい石が混ざっていて、ラフを磨くと"ジェムストーン"という、とても美しい石になることを知っている。
ジェムストーンには言い伝えがあった。
"与えられたものは永遠に幸福の中に"
地下で働く人たちならもっと詳しいことを知っているはず。
わたしは黒い大きな塊を前に足が前に出なかった。
そこはキラキラしたお城とは全く別の世界だった。
わたしは唾をのんで重い足を出そうとした時、ゴォーと黒い塊が唸って尻もちをついた。
「パールお嬢様!!」
その声に振り返ると、息を切らしたラリマーがいた。
「ラリマー...」
「何しているのですか!ここには絶対に来てはいけないと言ったじゃないですか!」
「ごめん...」
ラリマーはわたしを強く抱きしめた。
「パールお嬢様、ご無事でよかったです」
マリンもわたしとラリマーを優しく抱きしめた。
そして3人で手を繋いで部屋に戻った。
マリンもラリマーもなぜあそこにいたのかは聞かなかった。
もう求めることは何もない...
わたしはすでに幸福の中にいる。
幸せって温かいなぁ...
手の温もりがいつまでも残っていた。
⑩
永遠の幸福は手に入らなかった。
マリンが城を出ていくことになった。
顔も知らない男の元へ、大事なものを残して。
ルシもあれから口をきいてくれない。
大好きなお散歩の時間なのに、空も風も感じられない。
何もかもうまくいかなくて、ため息を飲み込んだ。
「体に悪そうだから出しなよ」
聞き覚えのある言葉に全身に血がめぐるのを感じた。
「誰だ?」
とわたしよりも先にラリマーが声をかけた。
「これがほしかったんでしょう?」
とわたしよりも少し年上の男の子の手には小さくて大きく輝くジェムストーン。
「パールお嬢様に失礼よ」
ラリマーは男の子を警戒している。
「なぜあなたがこれを?簡単に手にはいるものではないでしょう?」
「うーん、秘密」
男の子はわざとらしく考えるふりをしてからいたずらっぽく答えた。
「...確かにマリンが城を出る前に渡したいと思っていたけれど、自分でやらなくちゃ意味がないから」
言わなくてもいいことが口からこぼれた。
「じゃあ、これなら受け取ってくれる?」
そう言って差し出されたのは作業着だった。
「なんてものをお嬢様に...」
「嬉しい!ありがとう!」
作業着をプレゼントされたことは初めてでおかしかった。
「きっと似合うよ、またね」
と男の子は鉱石園の方向へ歩いていった。
体がソワソワしてむずがゆかった。
わたしは頬を緩ませながら、作業着をギュッと抱きしめた。
⑪
その日の夜、わたしは作業着に袖を通した。
申し訳ないと思いながら、窓から外へ出た。
もう行かないと誓ったあの場所へ向かった。
黒い塊は昼の顔とは違って、透明で月明かりに照らされてキラキラしていた。
「いらっしゃい」
男の子はわたしが来るのを知っていたかのように声をかけた。
「ここに来れば会えると思って。ジェムストーンの作り方を教えてくれるんでしょう?」
「ジェムストーンは君には作れないよ」
「どうして?」
「ジェムストーンは人間が作ろうとすると磨いている間に少しずつ寿命を吸い取るんだ」
「じゃあ、あなたが持っていたものは?」
「ぼくが作ったんだよ」
そう言うと男の子は手を引いて物陰に隠れる。
カッチャン・カッチャン
どこから来たのかたくさんの工具が躍りながらわたしたちを囲んだ。
その中にはルシの姿もあった。
「ねぇ、名前教えて」
「...パール」
「その名前で呼ばないでって言ってたよね?名前まで檻の中に閉じ込めておくの?」
ドクン・ドクン
自分の体の中の振動が外に漏れてしまいそうだった。
「ルシ?」
震えた声で呼ぶと
「なに?」
と当たり前のように答えるルシ。
ルシの温もりがわたしの手に触れた。
指先からわたしの振動がルシの体を流れていくみたい。
「アレク・サンド・ライト」
わたしはルシの目を見つめたまま、頬を伝う涙に気がつかなかった。
「アレク」
久しぶりに聞いた本当の名前を聞きながら、ルシがわたしの頬に触れるまで。
⑫
それからは昼はマリンとラリマーと過ごして、夜はルシと過ごした。
「ふはぁー、雨だと外に出られなくて退屈だね」
「パールお嬢様、最近あくびばかりしていますね」
相変わらず鋭いラリマー。
「ちょっと面白い本を見つけちゃって夜更かししすぎちゃったかな。えへへ」
ラリマーの冷たい視線を誤魔化す。
「ちょっと寝ようかな」
「かしこまりました」
マリンはわたしの目を見てニコリとする。
「御用の際はいつでもお呼びください」
マリンの優しさに助けられてばかりだな。
2人が出ていくと、地下から持ってきたロボットの部品を取り出す。
ルシはジェムストーンの作り方じゃなくて、ロボットの作り方を教えてくれた。
鉱石園には入る方法があって間違えると大怪我をすること、ルシには特別な力があること、小さな町から城に連れてこられたこと、色んなことを教えてくれた。
あと、ルシはわたしが思っていたよりもかなり年上だったこと。
勉強は古いことしか教えてくれないけれど、ルシは新しいことを教えてくれた。
それに作業着を着ている時だけはアレクでいられた。
地下の工場の人たちもみんなよくしてくれた。
作業着はわたしを解き放つ魔法。
⑬
「ルシ、わたしやっぱりジェムストーン作りたい」
なかなかルシから返事が返ってこなかった。
「...ぼくと一緒に作るなら」
ルシは絞り出すように答えた。
その時のルシの強い瞳が胸に焼き付いて消えなかった。
⑭
マリンが旅立つ前日。
「マリン、わたしはマリンにこれでいいなんて思ってほしくない。マリンが本当にしたいことしてほしい」
「パールお嬢様、これは...」
マリンはわたしの手のひらで輝くジェムストーンを見て目を丸くする。
「マリンが心配するようなことは何もないよ」
わたしに怖いものなんてない。
真っ直ぐマリンを見つめる。
マリンもジェムストーンを受け取るとわたしの目を真っ直ぐに見つめる。
「パールお嬢様は必ず恋をします」
マリンはいつものように優しい笑顔で言った。
最後の言葉はお別れの挨拶ではなかった。
マリンは出発前夜、愛する人と城から出ていった。
⑮
「パールお嬢様は私をひとり置いて遠くへ行ったりしないですよね?」
わたしの髪をとかしながら寂しそうにつぶやくラリマー。
「わたしどうしても外の景色が見たい。この中で死ぬのは嫌なの」
「やっぱり...体は大きくなっても中身は昔のままなんですね」
ラリマーは見習いメイドから専属メイドになって、わたしは明日20歳になる。
「実は奥様の部屋から取り上げられていた作業着を持ち出してきました」
とラリマーは鏡越しにどや顔を見せた。
わたしが直接ラリマーの顔を見ようと振り返ると、ラリマーが強く抱きしめた。
「あの男に泣かされたら私が殴りに行きますからね」
「ラリマーも変わってない」
わたしたちはお互いに寂しそうに、でも満足そうに笑った。
「わたしは新しいものを見に行く。ラリマー、わたしの本当の名前を呼んでくれる?...アレクって呼んで」
「...アレク」
ラリマーとも別れの挨拶はしなかった。
⑯
「ルシ!わたしを檻の中から連れ出して!」
end
ちうらおおぞら