デキる人は何でもデキる?――知能研究が示す身も蓋もない現実
「優秀な人って何でも優秀だよね」
そんなことがしばしば言われます。
この裏返しとして、
「何をやってもデキない人っているよね」
という話もよく聞かれます。
こういうことを言うと、反論として
「いや、〇〇ではすごく優秀なのに、△△に関しては当たり前のことすら出来ない人だっているぞ」
という言いたくなる人もいるでしょう。
実はこの問題には、科学的な答えが出ています。
「ある分野で高い能力を示す人は、別の分野でも人並みよりも高い能力を示す傾向がある」
この事実は、科学的研究で繰り返し証明されてきました。
心理学でこれを説明する概念が、「一般知能因子」とか「g」と呼ばれますものです。
では、この「g」とは一体何なのか。
今回はこれを簡単に解説します。
知的能力は正の相関を持つ
スピアマン(Charles Edward Spearman; 1863 – 1945)という心理学者が、学生たちの様々な能力を分析しました(Spearman, 1904)。
彼が用いたのは「相関分析」というアプローチです。
ここで簡単に「相関」という概念を紹介しておきます。
「相関」とは、何か2つのパラメータを見比べた時に、その2つの間に成立する関係性の一種です。
今回はひとまず定量的な理解は一旦脇に置き、「正の相関」「負の相関」「無相関」という3つの関係性を押さえておいて下さい。
正の相関:
一方が大きければもう一方も大きい(例:身長が高いと体重も重い)
負の相関:
一方が大きければもう一方は小さい(例:運動の頻度が高いと病気にかかる確率が低くなる)
無相関:
一方が大きいか小さいかによって、もう一方が大きくなるとも小さくなるとも言えない。
なお、相関を論じる時に見ているのは、「全体的な傾向」であることに注意してください。
「ガリガリに痩せた高身長の人」や「毎日ランニングしていても生活習慣病になる人」も実在しますが、それは少数の例外であり、一般的な傾向を覆すとは考えにくいでしょう。
さて、スピアマンの話に戻ります。
知的能力にもいろいろありますね。
学生によって得意・不得意もあるでしょう。
「デキる人は何でもデキる」が本当だとしたら、各テストのスコア同士は「正の相関」を持つはずです。
一方で、「あるテストは得意でも、別の科目が得意かどうかとは全く関係ない」としたら、「無相関」という結果になるはずです。
スピアマンが学生のテストスコアを分析した結果、全てのスコア同士が正の相関を持つという事実が明らかになりました。
彼が分析したのは、言語的能力、数学的能力、音楽的能力に関する7つのテストでしたが、この中からどんな組み合わせで2つのテストを選んでも、「一方のスコアが高ければ、もう一方のスコアも高い」という関連性があったのです。
これを具体例に戻すと次のようなことが言えます。
「数学で90点のAさん」と「数学で50点のBさん」がいたとします。
「数学の点数」以外に情報がない状況で「AさんとBさんのうち英語でより高得点にであることが予測されるのはどちらでしょう」と聞かれたら、どう予想するのが合理的でしょうか?
この問題に対する科学的な回答としては「Aさんの方が英語も高得点である可能性が高い」が正解ということになります。
別の例で言うと、ポケモンの「レベル」という概念も近いかもしれません。
ポケモンは種族や個体によって「HP」や「こうげき」などのバランスにはバラつきがありますが、一般論として「高レベルのポケモンは低レベルのポケモンよりもパラメータが高い」という傾向がありますね。
この考え方を更に進めると、各個体の能力を「このポケモンはレベル50で、こうげきとすばやさが高め」というように、「全体の水準をざっくりと示す指標」と「個別の項目のバランス」に分けて考えることもできるはずです。
この「全体的な水準と、個別の能力の高低」という発想をスピアマンの表現にすると、「一般因子(g)」と「特殊因子」という言葉になります。
イメージしやすいように図示してみましょう。
スピアマンが分析したのは言語・数学・音楽に関わる7つのテストのスコアでした。
しかし、その後の研究によって、スピアマンの発見はより普遍的な現象であることが明らかになりました。
「漢字テスト」「暗算テスト」「図形を模倣するテスト」「特定の図形を探すテスト」……などなど、およそ「知的能力のテスト」であれば、どの2つをとっても正の相関を示すことが、その後の研究で広く確認されています。
言い換えれば、集団のテスト成績を統計的に解析すると、ほぼ必ず「一般因子」の存在が再現されるのです。
心理統計学の文脈で「g(因子)」と言った場合、この「一般因子」のことを指します。
「g」には実体があるのか?
スピアマンの「g」から得られる示唆は、簡単に言えば「数学で優秀な人たちは一般的に英語においても比較的優秀だろう」ということです。
さらに、そのような相関性が他のどんなテストについても同様に言える、というのが更に重要な発見でした。
ここに至って、「全ての知的能力に影響を与える汎用的な知的能力=一般因子」と「得意科目・苦手科目を左右する比較的狭い特性=特殊因子」の存在を想定することが可能になったわけです。
しかし、この「g」って、よく考えると「統計的事実からはそういう想像ができる」というだけであって、「どういう仕組みでそうなっているの?」という地に足のついた話はすっ飛ばされていますよね。
この辺は今でも争点になっていて、「gって一体何なんだ?」という問についての心理学者たちの見解は必ずしも一貫しません。
スピアマンの「g」が、「ほとんど全ての認知活動に動員される汎用的な認知機構の存在を反映している」とする説では、その候補として「注意機能」や「ワーキングメモリ」などを挙げています。
人間の発達過程に着目した説明では、「知識」や「思考能力」の習得課程で関与する認知機能が、結果的に全ての知的能力と正相関しやすいのではないか、とも論じられています。
逆に、「g」の極端な否定論者は「単に統計的な存在であり、生物学的・認知的な基盤を持つものではない」とも主張します。
この論争に決着がつく日が来るかどうかは今のところ分かりませんが、少なくとも現時点で心理学者たちの見解は未だに分裂したままです。
「g」はサンプルの影響も受ける
諸々の希望的観測を排して、努めて冷静に言うならば、「g」とは「サンプルを統計的に解析すると結果的に出てくる存在」です。
こうした統計的な現象の再現性というのは、サンプルの持つ潜在的な偏り(バイアス)の影響も受けます。
「上から下までの能力水準の被験者を、十分な人数で集めた場合」でなければ、統計分析によって「g」が抽出されることは必ずしも保証されません。
極めて単純な例として、「あるテストを受けた数万人」の中から「5科目の合計点がちょうど400点の人たちだけを抜き出した集団」を考えてみましょう。
この場合、「数学の得点」が特に高い人は、その分だけ「数学以外の4科目の合計点」は低いことになります。
例えば、「数学の得点が80点より高い人」では「英語の得点の期待値」は、80点より低くなるわけです。
こうした傾向を考慮すると、「5科目の合計点がちょうど400点の人たちだけを抜き出した集団」の中では、「任意の2科目の相関」を取り出すと「負の相関」を示しやすくなることが予想できます。
「そんな特殊な集団は非現実的だ」と思いますか?
例えば「大学入試」では、これに近い状況が実現しています。
あまり良くない傾向ではありますが、現実的な問題として、多くの高校生は「自分の合計学力で合格できる、なるべく高ランクの大学」を目指します。
全科目でAランクの学力を持つ受験生はAランクの大学に入り、全科目でBランク受験生はBランク大学に入ります。
では科目にムラがある受験生は? その場合は合計点が大学の合格ラインに達していれば合格になります。
どうでしょう、さっき仮定した「能力の合計がほぼ一定となる群」に近い状況だと思いませんか?
これはあくまで思考実験ですが、サンプルの取り方が因子の抽出に影響を与えることは分かって頂けたと思います。
「特定の大学の大学生」でサンプルを収集している研究は現実世界でも少なくないので、こうした研究を読む際には注意が必要です。
高知能層での有効性は?
次に、高知能層の知能測定に関する問題も指摘しておきましょう。
一般因子「g」の決定力は、実は知能の高低による影響も受けると言われています。
特に低知能層ではgの影響力が大きく、逆に高知能層ではgの影響力が相対的に小さくなるという傾向がしばしば指摘されます。
より具体的に言いましょう。
「何の科目でも極めて下位に入る人」はよくいる。
「何の科目でも極めて上位に入る人」はそれに比べると少ない。
と言うことです。
こうした傾向を生む要因は色々あると思いますが、
下位層は、全体的なパフォーマンスを下げる要素である「生物学的不利」や「全般的な教育機会の欠乏」を伴っていることが多い
上位層は、科目ごとに別個にパフォーマンスを上げる要素である「追加的な教育投資」や「自主的な学習」を伴っていることが多い
と考えると納得しやすいですね。
もっと簡単に具体化しましょうか。
「学校に通えない子」や「ご飯を食べられない子」は全部の科目の点数が下がるし、「塾で勉強した子」は塾で勉強した科目の点数が上がるって話です。
ここまでいえば「そりゃそうだ」って思いますよね。
現実の世界はもっと複雑ですが、あくまで一部の具体例として理解して下さい。
長々と例示や仮定を述べましたが、
バイアスのかかった集団や高知能層では、gが顕在化しにくい場合がある
と考えておくと良いでしょう。
最後に。
一般因子gとは、統計上の存在です。
「各能力には正の相関がある」という事実から導かれた概念です。
どうして知能はそんな仕組みになっているのか
どんな脳活動と対応しているのか
こうした疑問に答えが出る日は来るのでしょうか。
今はまだ結論は出ていません。
確認テスト
以下Q1~Q3の各文について、誤りがあれば修正しなさい。(解答・解説は下にあります)
Q1: スピアマンの研究では、数学と語学の能力の間に負の相関があった。
Q2: スピアマンは、あらゆる課題に作用する一般的な因子を「s」とした
Q3: 一般因子gの生物学的基盤は現在では明らかになっている。
以下に解答と解説があります。
解答・解説
A1: スピアマンの研究では、数学と語学の能力の間に正の相関があった。
「一方が大きければもう一方も大きい」が正の相関、「一方が大きければもう一方も小さい」が負の相関。スピアマンの研究では、「一方が大きければもう一方も大きい」という関連性が全てのテスト同士で認められました。だからこそ、「全てのテストの成績を支配している大ボスがいるのでは?」という考え方につながるわけです。
A2: スピアマンは、あらゆる課題に作用する一般的な因子を「g」とした
一般因子は「general」の頭文字から「g」です。単に「g」と表記することもあれば、斜体にすることがあったり、「g因子(g-factor)」「一般因子(general factor)」「一般知能因子(general intelligence factor)」など、表記揺れが多い用語です。おなじみのウェクスラー式知能検査では「FSIQ」がほぼ「g」に相当する指標としてデザインされています。
A3: 一般因子gの生物学的基盤は現在でも結論が出ていない。
本文中に述べたように、一般因子gは統計的に抽出されるものであり、いまのところ「これがその正体だ」という実体を持ったものはありません。しかし、何らかの単純な認知能力が種々の認知課題に影響することを示すような試みが存在し、これが一般因子の存在を部分的に説明する可能性があります。例えばアロウェイ(2015)などはワーキングメモリが一般因子を部分的に説明することを期待しています。
【引用文献】
Spearman C. “general intelligence,” objectively determined and measured. Am J Psychol. 1904;15: 201. doi:10.2307/1412107
【参考文献】
Fernandez A, Lichtshein G, Vieweg WV. The Charles Bonnet syndrome: a review. J Nerv Ment Dis. 1997;185: 195–200. doi:10.1097/00005053-199703000-00009
Haier RJ, Colom R, Hunt E (2023). The Science of Human Intelligence. Cambridge University Press.
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