小亀令子

2022年から短歌をつくりはじめました

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  • 一首評のようなもの

    好きな短歌についての文章

最近の記事

水が流れている気配

 2021年10月に、イギリスのミュージシャン、Linus Fentonの2枚目のシングル“Fountainhead”がリリースされた。  わたしはその頃、ドラマ『このサイテーな世界の終わり』と映画『9人の翻訳家』を観て、どちらにも出演している俳優、Alex Lawtherの魅力にハマっていた。この曲のことも、彼のことをネットでたくさん検索するうちに知った。アレックスとライナスは15年来の友達なのだそうで、かねてから「カメラの後ろ側に回ってみたいと思っていた」というアレックス

    • きなこから掘り出しているわらびもち暇ではないよ自由なだけで/北山あさひ

      最近、職場で立場が変わって、頭の中が忙しない。でも、この話をわたしが受けると決めてこうなったので、文句があるわけじゃない。給料も上がった。と言っても、そもそもの給料が低いので、上がったところでまだ低いが。 わたしは自分の今の仕事が社会に絶対に必要だと思っている。自分の生きる社会にあり続けてほしい場所だから、見合った対価が受け取れないことを承知で、この職場を選んだ。自分がいったい何の役に立っているのかわからなくなりそうになりながら高給取りでいるよりも、ずっといいと思う。 で

      • ユトレヒト

         2019年の長い夏休み、わたしはパリにいた。せっかくヨーロッパにいるのだから、そのままヨーロッパを鉄道で旅してみたいと思い、ユーレイルパスを買った。7日間、31の対象国を鉄道で巡り放題というチケットだ。ドイツ、チェコ、オーストリアを回ろうと思い描いてはみたものの、詳細な旅程は決めていなかった。無鉄砲なバックパッカー旅になるだろうということにとてもわくわくしていた。  しかしその夏、購入したユーレイルパスは結局使わなかった。その後の予定を考えて、旅行そのものを取りやめたのだ

        • 祝辞

          去年の三月、中村佳穂のライブに行った。働き始めて四ヶ月が経った頃で、慣れてきたとはいえ、覚えるべきことはまだまだあって、仕事終わりのほどよく疲れた頭と体でオーチャードホールへ向かった。 開演すると、ホールは豊かな音と光で満たされた。ここに来ることができて本当によかったと思いながら、三階の正面の席でわたしは曲に合わせて手を叩いた。左隣にいたクールな見た目の男女二人組はゆったりと聴いている一方で、右隣では男性がノリノリで手を叩いていた。わたしの手の音と、右隣からの手の音、お互い

        水が流れている気配

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        • 一首評のようなもの
          3本

        記事

          2023年の掲載短歌

          『ねむらない樹』 vol.10 テーマ「電」もしくは自由 内山晶太選 粉々になったわたしでモロッコの砂漠に飛んでいく眠るから 毎日歌壇 加藤治郎選 さざ波ができたり影を浮かべたりきみの顔は絶え間ない湖 (4.18) 毎日歌壇 水原紫苑選 丘に立つ美術館には窓があり水平線が絵画のような (3.27) 水底のように見た夢 制服の代わりに青い服を着ていた (4.3) 振り向けば教会の戸が切り取った鮮緑の生け垣の明るさ (7.11) 西へ西へ旅人はゆく 太陽にその身を

          2023年の掲載短歌

          かまぼこの形の舟になれるならみるべきものはへんな夢だよ/谷川由里子

          「かまぼこの形の舟」を実際に見たことはないけれど、板の上に乗っている紅白のかまぼこは、たしかに舟のような形をしている。本当に存在するのかもしれないなどと思いつつ、でもこの際、そんな形の舟が本当にあるのかどうかはどちらでもよい。これは「かまぼこの形の舟になれるなら」という仮定の話だからだ。仮定の話なら、存在するものにもしないものにも、何にだってなれる。 何にだってなれるにしても、かまぼこの形の舟になるというのは劇的な変身だ。突飛な発想に感じられるが、この上の句は「かまぼこ」と

          かまぼこの形の舟になれるならみるべきものはへんな夢だよ/谷川由里子

          紙詰まりを放置されたるコピー機のつめたき胸へ手を差し入れる/北山あさひ

          誰も気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、コピー機に紙が詰まったままになっている。そのエラーを解消しようとする最初の人が、コピー機の内部に手を突っ込む。そんなありふれた光景がこの歌では詠まれている。 わたしも先日、職場で同じ状況に直面した。コピー機に近づくと、「エラー」の赤い光が点滅していた。いつからこの状態だったのかはわからない。給紙トレイを取り外して、空洞に手を入れる。よく見えないので、奥の奥まで手を伸ばす。カサッと紙に手が触れる。ゆっくり引っ張ると、蛇腹状

          紙詰まりを放置されたるコピー機のつめたき胸へ手を差し入れる/北山あさひ

          2022年の掲載短歌

          57577展 テーマ「町」 鈴掛真選 半分のわたしはきっと喧騒の旧市街をまだ彷徨っている 毎日歌壇 加藤治郎選 他者に紐づけられているおそろしさ 双子のパンダを見ずに帰った (6.14) 暗闇にズームしていくだけの夢 街は遠くのサイレンで満ち (7.4) 「てきとーに生きればいい」が口癖の父と見た羊の毛刈りショー (7.12) ほろほろと眠ったままの指うごくピアノをじょうずに弾いているのね (9.26 一席) 成績のことで娘を叱ってる人の横にも寿司は流れる (1

          2022年の掲載短歌