経済安保法によって、被災地福島の特攻隊訓練跡地が軍産学複合体の拠点に。モデルはなんと長崎原爆を製造した米国ハンフォード核施設。
核兵器/AI殺人ドローン/ロボット/mRNA/レプリコン(軍事領域)など、ユダヤ資本による更地化のあと、復興の名の元、福島軍事化構想が進行中。
経済安保法によって福島に軍産学複合体が出現している。
福島県民は『福島の廃炉技術の研究施設だ』と説明を受けてきたが、実際には軍事にも転用できるAI、ロボット、ドローン研究/核開発の拠点になろうとしている。
ロボットテストフィールドは改定された福島復興特措法に組み込まれており、福島復興予算を軍民共同技術の開発に流す予算の仕組み。
◆福島国際研究教育機構(Fukushima Institute for Research Education and Innovation(F-REI)
令和4年9月16日 本施設の立地を浪江町川添地区に決定。
◆福島国際研究教育機構 (F-REI)に乗っ取られた福島医大
4月5日、開所式を開催したF-REI福島医大研究分室は、F-REIとして最初の研究組織となる 【放射生態学ユニット】が置かれる。 F-REIの第1期中期目標期間である7年の間に、ユニット(研究グループ)を50まで増やす計画。(※旧特攻隊訓練施設)
◆国家が予算を通じて一元的に管理・統制する、悪名高い米国の『※DARPA』に匹敵するシステムになる恐れがある。
※国防高等研究計画局(DARPA)
軍用技術の開発および研究を行うアメリカ国防総省の特別の機関である。
日本語では防衛高等研究計画局、国防高等研究事業局などとも表記される。
略称はダーパ。
ARPAの時期にインターネットの原型であるARPANET・全地球測位システムのGPSを開発したことで知られている。
アメリカ国防総省・国防総省内部部局。
大統領と国防長官の直轄の組織で、アメリカ軍から直接的な干渉は受けない。
F-REIのモデルにしたのはなんと、原子力や核兵器を礼賛し、長崎に投下された原爆を製造した、米国ワシントン州ハンフォード核施設。
◆これが復興の目玉?謎だらけの「福島国際研究機構」
機構での研究は特定秘密に?
モデルは「核礼賛の地」、軍事転用可能な研究も。
◆福島復興創世研究所メンバーが米国ハンフォード地域を訪問 2021/1/28
アメリカで最も汚染された核施設「ハンフォード・サイト」
ハンフォード核貯蔵所は、アメリカで最も汚染された地域だ。その地下には、5600万ガロン(約2億1200万リットル)もの処理を必要とする放射性廃棄物が埋められている。
◆この場所で、長崎に投下された原爆「ファットマン」や冷戦中にアメリカが備蓄した核兵器に使われたプルトニウムが作られた。
ワシントン州の砂漠にある、広さ586平方マイル(約1500平方キロメートル)のハンフォード核貯蔵所は、アメリカで最も汚染された場所だ。
地下には、貯蔵タンクに入った5600万ガロン(約2億1200万リットル)もの放射性廃棄物が埋められている。その多くが地下にしみ出している。
NBCによると、一部の核の専門家たちはハンフォード核貯蔵所を「(事故が)起きるのを待っている、地下のチェルノブイリ」と呼んでいる。
長きにわたり、その汚染に対する懸念を否定してきたものの、1989年には施設の運営側が放射性廃棄物の処理の必要性を認めた。
だが、それは簡単なことではない。
燃やしたり、埋めることはできないのだ。
計画では、放射性廃棄物をガラス化する工場を建設しようとしているが(そうすることで、数千年にわたって保管できる)、それは時間と費用を要するプロセスだ。
デイリー・ビースト(Daily Beast)が報じたように、「ハンフォードは、人類が生み出すことはできても片付けることのできない最悪の厄介ごと」だ。
汚染物質が取り残されている時間が長ければ長いほど、その影響は大きくなる。ハンフォード核貯蔵所をのぞいてみよう。
◆ハンフォードは、ワシントン州の砂漠に作られた。その広さは586平方マイル(約1500平方キロメートル)を超える。
建設にあたって、政府は事故の影響を警戒して、東海岸の都市から離れた隔絶した土地を選んだ。だが、この辺りは山火事や地震が起こりやすい場所だ。
最後に大地震が発生したのは1936年のことだが、もし再び大地震が起きれば放射線を放出する可能性もある。
◆施設に沿ってコロンビア川が流れていて、上流には2つのダムがある。
政府は、電力と原子炉を冷やすための冷却水を確保するため、施設をダムの近くに作りたいと考えた。
環境保護庁は2017年、汚染された地下水が川に流れ込んでいると述べた。
◆ハンフォード核貯蔵所は1944年9月6日、操業を始めた。
ハンフォードは、政府が極秘で進めていた核兵器の研究・開発「マンハッタン計画」において、重要な役割を果たした。
1943年にこの土地を買い上げると、政府は住民約1500人に30日以内に立ち退くよう求めた。
◆1945年7月16日、米国ニューメキシコ州の砂漠にあるトリニティ実験場で行われた人類初の核実験。
最初の原子炉は11カ月で建設された。現場で働く5万人のうち、その多くが(何のために働いているか)分かっていなかった。
……1945年8月6日、広島に最初の原爆が投下されるまでは。
◆ヒロシマ・ナガサキは、対ソ連核攻撃のリハーサルだった
◆マンハッタン計画の目標選定委員会。 1945/4/28
◆ハロルド・メルビン・アグニュー(広島原爆投下時【科学観測員】として同乗)
◆核施設の秘密を守るため、政府は施設への不法侵入を禁じ、「ハンフォード・リーチ(Hanford Reach)」と呼ばれる緩衝地帯を設けた。
開発されることなく、75年にわたって手付かずだったこの土地では、野生生物が増加。2000年には、ビル・クリントン大統領(当時)が19万5000エーカーの土地をナショナル・モニュメント(国定記念物)に指定した。
この地域には、ヘラジカやキングサーモンだけでなく、アナフクロウやアレチノスリ、コクテンシトドモドキといったさまざまな鳥類が生息している。
◆「B原子炉」は、初めて建設された大規模原子炉だ。これはその制御室。
アメリカで初めてプルトニウムを生産したのが、このB原子炉だ。初めて作られたプルトニウムは1945年2月2日、陸軍に届けられた。
◆ハンフォードのプルトニウムは、人類初の核実験「トリニティ実験」や1945年8月9日に長崎に投下された原爆「ファットマン」に使われた。
◆第二次世界大戦のあと、生産が一時的に休止したが、1948年にはプルトニウムが再びその優先事項となった。
ハンフォードは冷戦中、核兵器を作るためにそのプルトニウムを供給した。1955年までにさらに5つの原子炉が建設され、1980年代後半までプルトニウムの生産が続いた。
◆9つの原子炉と5つの再処理工場を使って、ハンフォードはアメリカ政府が使用したプルトニウムの約65%を生産した。
原子炉は一度に全て建設されたわけではなく、1943年から1963年にかけて作られた。
◆合計で67トンのプルトニウムを生産したハンフォードは、アメリカが1987年までに製造した6万基の核兵器の大部分に貢献した。
◆だが、プルトニウムの生産にはコストがかかる。わずかな量を作るために、大量の放射性廃棄物が出る。
◆固形廃棄物は、汚染された道具から服、壊れた設備まで、様々だ。
◆ハンフォードが環境に与える影響は、1960年に体長55フィート(約17メートル)のクジラがオレゴン沖で死亡、ガンマ線を放出した頃から指摘されていた。
科学者たちは、このクジラがコロンビア川から海へ流れ込んだ廃棄物によって汚染されたプランクトンを食べたのではないかと疑った。
◆明らかに、これはアメリカにとって新たな領域だった。写真は、作業員が放射能中毒になるのを防ぐため、自身が発明したスーツを着たホーマー・モールスロップ(Homer Moulthorp)氏だ。
このスーツが登場するまでは、作業員は重量のある服を着なければならず、この服は一度使用したら埋めなければならなかった。
◆放射能中毒をモニターするため、施設で働いていた科学者たちはねずみやねこ、犬、牛、羊、ブタ、ワニなどの動物を実験していた。
実験は、放射線が人に与える影響を調べようとするものだった。2007年には、地中から4万トンもの動物の死骸と肥やしが見つかった。
新しい科学だったため、放射性廃棄物の多くはきちんと管理されず、適切に処分されなかった。
当初、ハンフォードでは汚染された服や道具を場所を記録しないままシンプルに砂漠に埋めていたという。
◆廃棄物の種類によって、その処理方法も違った。やや汚染された液体は池に捨てられ、固形廃棄物は地中に埋められ、一部のガスは(大気中に放出)された。
ハンフォードには1600カ所以上の処理場があり、堀やトンネル内に2400万立方フィート(約6万8000平方メートル)もの放射性固体廃棄物が埋められている。
◆だが、最も心配なのは、177基の貯蔵タンク(1基あたり5万5000~10万ガロン)に入った高レベルの放射性廃棄物だ。
初めの149基の貯蔵タンクは一重構造だったが、1968年には当局が二重構造の新たなモデルを開発し、残り28基はそれを採用している。
177基の貯蔵タンクには、合計して1986年のチェルノブイリの原発事故で放出された2倍もの放射線が含まれている。1989年までに、149基のうち68基が漏れた。
エネルギー省の元政策アドバイザー、ロバート・アルバレス(Robert Alvarez)氏は2010年、ハンフォードに埋められているプルトニウムは長崎に投下されたものと同じサイズの原爆を1800個作るのに十分な量だと指摘した。
◆ほかにも、セシウムやストロンチウムのカプセルも水中で保存されている。
◆1989年、環境保護庁とエネルギー省、ワシントン州はこのエリアの除染・解体で合意し、3者協定に署名した。
当時、ハンフォードではすでにプルトニウムは作られていなかった。原子炉は1960年代半ばから1987年にかけて閉鎖された。
◆だが、その後の動きは遅く、コストも年間20億ドルかかっている。
◆ハンフォードはもはや核兵器工場ではなく、施設は解体されている。
◆原子炉は閉鎖され、「すっぽりくるまれた」状態だ。
こうした施設は、放射線量が安全なレベルに落ち着き、処分できるようになるまで75年間、この状態で維持される。
◆1998年、タンクからの漏洩は大したことがないと50年間言い続けたあと、運営側はそれが事実でなかったことを認めた。
運営側は、放射性廃棄物が地下水に達するまでに1万年かかると説明していたが、すでに到達しているとも言った。
◆プルトニウムはもう作られていないものの、周辺地域は放射性廃棄物の影響を感じ続けている。
2000年に施設のすぐ近くまで山火事が迫ると、ワシントン州はこの地域のプルトニウムのレベルが、命に危険があるほどではないものの、上昇していると報告した。これは、ほこりや灰が拡散したことによるものだろうと考えられた。
被ばくしたハチの巣やハエ、うさぎも問題になった。
◆2000年代前半には、周辺を転がる被ばくした回転草も問題になった。
◆2002年、廃棄物処理場「ハンフォード・ビト・プラント(Hanford Vit Plant)」が着工。
この処理場で廃棄物はガラス化される。
そうすることによって数千年間、安全に保管できるという。
500億ガロン以上の放射性廃棄物がその対象となる見込みだ。
だが、実際にその処理が始まるのは2036年の見込みで、全ての処理を終えるには数十年を要する。
◆2009年、ハンフォードでは有名な「B原子炉」やその他の施設を巡る見学ツアーが始まった。
ツアーは人気で、2016年には1万人が参加した。
◆コロンビア川でカヤックを楽しむ人たちも、見に来るという。
◆だが、施設は劣化し続けている。2013年には、地中に埋められた複数のタンクから新たな漏洩が見つかった。
運営側はタンクが1基、年間最大で300ガロンのペースで漏洩していることを認識していたが、調査によってくさらに5基が漏洩していることが分かった。
◆2015年、ハンフォードのエネルギー部門の責任者であるダグ・シュープ(Doug Shoop)氏は、インフラが崩壊しつつあり、放出される放射線量が増えるだろうと話した。
◆シュープ氏は正しかった。2017年、放射性廃棄物を保管しているトンネルが崩落した。
◆同エネルギー部門は、労働者1万人が今もリスクに晒されているという。写真は、1日の仕事を終え、放射線量をチェックする男性。
◆2016年、従業員61人がタンクから漏洩したガスにさらされた。それから2年後、ガスと肺や脳へのダメージの間に「因果関係」が認められた。
◆ハンフォードのエネルギー部門は、地下の放射性廃棄物の全てを2047年迄に処理したい考えだが、そうはいきそうにない。
現時点では、2079年もしは2102年までかかるだろうと見られている。
2019年2月、同部門はそのプロセスにかかる費用について、最新の見通しを公表。
その額は、1100億ドルから6600億ドルにはねあがった。
◆コストがかさむ中、トランプ大統領はその年間予算を4億1600万ドルまで削減したい考えだ。
トランプ政権はまた、コスト削減のため、高レベルの放射性廃棄物を低レベルの放射性廃棄物として再分類したい考えだ…..。
◆環境保護主義者たちは、除染を求めて徹底的に戦う考えだが、監視団体「ハンフォード・チャレンジ」の代表トム・カーペンター(Tom Carpenter)氏は、廃棄物の全てが掘り起こされることはないだろうと話している。
カーペンター氏は2018年、ハンフォードの放射性廃棄物の多くはどうにもならないだろうと、アトランティックに語った。