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シーズン2

7
2020.02.02~
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深夜の海

深夜の海

海は死の表象
パンフレットにそうあって、海に行こうと思った。
草の響き
雨は降って、やんでいた。

電灯がつく商店街を歩く。
取り壊された寮の前を行く。
車の並ぶ旅館の裏を過ぎて。

漁火通りに着く。
漁火はない。

雲がよく出ていてよかった。
街の灯りが空いっぱいに伝って明るい。
砂浜の形は覚えている。
そこに段差、向こうから周って

潮が引いていく。
テトラポットは埋まっている。
突き出たとこ

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時計の読めないこども

時計の読めないこども

忘れられない記憶というのは、日常に潜んでいた。そのひとつを思い出して、書きたくなったので書こうと思う。名付けて「0.5分問題」だ。

0.5分問題

0.5分は紅茶の抽出時間だ。
ちょうどおやつ時、母は紅茶を飲もうとしていて、それを自分はつくりたかったんだと思う。袋にはやり方が書いてあって、「お湯を入れて0.5分」とあった。0.5分は秒にすれば30秒だ。

しかし小学2年生の頭には、それが全く理解

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浴そうに 深く張られた湯船の色と 朝の光の色とは同じ

浴そうに 深く張られた湯船の色と 朝の光の色とは同じ

お湯につかる。

お湯につかるたびに、
「ああ。今日もまた、無事この湯を獲得することができた。」と思う。

「この熱も、この水圧も、僕が、本日の労働で得たものなのだ。」と思う。

そう思うのは、単に僕が、あつい湯につかるのを好んでいるからかもしれない。

しかし言い過ぎでもなく、そのくらい、僕にとっては重要なことだ。

学生の頃、夜通し何かにふけっては、朝方風呂
に入り登校するというのをしばしばや

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だっする

だっする

玄関が開かなかった。
賃貸会社に電話をするにも、
スマートフォンは圏外だった。
このままでは遅刻だ。

窓も開かなかった。
ゆする隙もなく、
動かなかった。
いよいよ遅刻だ。

壁に向かって話しかけた。
どうやら誰もいないようだ。

そういえば、
外の音が聞こえない。

あれからどれだけ経ったのか、
もはや思い出すこともない。
眠った数を数えていたが、
100回超えたあたりでやめた。

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のがれる

のがれる

しがみつくような気持ちで生きていた。
両手を握りしめる感触すらも、支えにして生きていた。
それは祈りのようだった。
失敗なく、迷惑なく過ごせるようにと、
自分に対する祈りであった。

ある日、仕事を辞めた。
十日後にはこの家を出なければならない。
服もソファーもテーブルも捨てた。
(積み上げた本と食器は捨てられなかった。)
職場にはせんべいの箱を送った。
あとはギターを弾いて過ごした。

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ちから

ちから

最近の寄付はキャッシュレスだ。
難民支援の寄付を募る、熱心な人がそう言った。
七十億米ドルが足りない。見通しの立つ資金がいる。
それは確かにその通りだった。

ある日一億円が当たった。
気をつけなさい、と誰かが言った。
それはちからであるからにして、
決してお前ではない、と言った。

次の連休は銀行に行った。
くじは本当に一億円だった。
五万円を財布に入れたが、
それは大して変わらなかった

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