なすの甘味噌?もしくは、それに属しそうな名前のないなす料理
いつから好きだったかはわからないが、”なす”が好きだ。
なんとなく、ひらがなの”なす”が好きだ。
もしかしたら、好きだな〜と思ったのが、小学生だったからかもしれない。
カタカナの料理は、ゼリーとかチーズケーキとかアイスとか、ナポリタンとかカレーとかハンバーグとか、洋風なイメージだから。
”なす”は自分の中ではひらがなでいてほしい。
毎年、なすが出るたび、なすのレシピを見るたび、なすを切るたび、再現できない祖母のなす料理を思い出す。
祖母の台所
祖母は料理上手な人だった。
両親共働きだったので、いつも学校が終わると隣に住んでいる母方の祖父母の家に帰り、おやつと夕ご飯を食べていた。
台所は、居間とは別に6畳弱くらいはあっただろうか。
居間とは隔離されていて(襖で区切られている)、料理をする時にテレビを見たりはできない。
完全に、区切られた空間だった。
サザエさんのお家のような勝手口があって、でもそこは、ゴミを出す時とか、庭に行く時とか、、、あまり利用されることはなかったような。
廊下からは出入りでき、夏だったら勝手に入って麦茶を飲んだり、アイスを食べたり(シャービックという手作りのアイスもあった!)していたが、なんとなく「一緒に料理をしよう」という空間ではなかった。
大好物のなすの甘味噌(仮)
そんな空間に甘えに甘え、手伝えと言われないことをいいことに、だいたい私は今で祖父とテレビを見ていた。
時代劇だったり、プロ野球だったり。
そして、「ご飯ができたよ〜」と言われれば、いそいそと運びに行ったり、なんなら行かなかったりしていたと思う。
記憶が曖昧だが、たまに洗い物を手伝ったり、中学になってお弁当箱を洗うだけで褒めてもらえたのだから、まあまあ何もせずにできたご飯を食べていたんだろう。
(今の自分で子どもが同じことをしたら、ぶっ飛ばしているw)
いつの頃からかはわからないが、夏〜秋にかけて作ってくれるなすの料理が”なすの甘味噌(仮)”
なぜ(仮)なのかというと、その味を再現できていないし、再現されているメニューに出会ったことはない(断言)
予測
・なすは縦半分に切って、格子目に包丁が入っている
・一度、揚げている
・ひき肉?と味噌に絡めている
この、「味噌」の味が肝で、少し甘い。いや、甘め。
イメージ五平餅の味噌なのかな〜、岩手のお茶餅をもう少し甘くした感じなのかな〜
としたら、くるみが入っていたのか、、、
(そういえば、祖父はよくくるみを割らされていた。けど、このなす料理には入っていなかったと思う)
なすの美味しいレシピはたくさんある。
味噌系もたくさん、ある。
材料もほぼ同じレシピはよく見る。
素揚げなすにひき肉、味噌味で、そぼろにして絡めたレシピも見るのだけれど、何かが違う。
最近では再現をしようとする気持ちがなくなってきている。
祖母が亡くなった日
祖母は、8月に亡くなった。
自分にとっては初めての身近な人の死だった。
余命がわかってからはできるだけ病院に行ったし、学校が休みになってからは病院に寝泊まりしていた。
少し、高揚感と非日常が入り混じった3ヶ月。
亡くなってからお葬式までの日、祖母の台所には近所のおばちゃんたちがたくさんきてくれて、たくさん手伝ってくれた。
あまり利用されることがなかった勝手口からおばちゃんたちはきてくれて、台所に椅子を持ち込んでお茶を飲んだり、差し入れをしてくれたり、いつも以上に賑やかな台所だった。
少し経った秋祭り、親しい友人と泥酔するまで飲んだ時、それまでの思いやらなんやらを酔った勢いで吐き出した。
その時の私の間抜けなひと言が「おばあちゃんのなすが、もう食べられないよ〜〜〜。なんで作り方聞いてなかったんだろう〜〜〜」だった。
もう一つ、聞いてなくて大好きなものがあるのだが、本当にこれからそれが食べられなくなることが絶望的だった。(今思うとひどい、、、)
大好きな料理の不在。
その時、親友は「大丈夫、舌が覚えてるから絶対作れるよ」と励ましてくれた。
今でも料理をするたび、何かの食材を見るにつけ、まあまあ祖母を思い出す。
小学校の頃の夏休み、祖母の庭で遊んだ軒下。
朝顔の成長記録をつけていないことを一緒に慌ててくれたり、朝のワイドショーで遺児の特集を見て涙ぐんでいる祖母だったり。
少し湿気があってひんやりした台所と祖父母の居間のテレビ。
祖父の買った宝くじを畳の上に一枚ずつ並べて、うっとりしたこともあった。(一回も当たったことはない)
冬は「北風小僧の寒太郎」を歌いながら、幼稚園やスーパーに行くまでの急な坂道を歩いた。
大人になって歩いた坂道は、今歩くとまったく急ではなくて、何だか気が抜けた。
けれど、あの時のなすの甘味噌的な祖母の料理にはまったく辿り着けてない。
ゴロゴロテレビばかり見ていた自分が不甲斐ない。
でも、めちゃめちゃ幸せだった。
だから、良いってことでいいよね、おばあちゃん。
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